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虚空のシンフォニア――序奏・黎明の迷宮――  作者: 渡邊 香梨
第一章 分岐点
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天樹Side6:トリックスター事件(5年前)6

「籠城戦って言うのは、心理戦の同義語なんだ。苛立って、冷静さを欠いた方の負けだ。特に攻める側は、時間がたてばたつほど、当初の『目的』が失われて、それを落とすための『手段』ばかりが頭を占めるようになる」


 ―――ただ一局のテレビカメラが、大スクープとばかりに、中の少年少女達にインタビューを敢行している。


「だから、普通なら通用しそうにない()でも、高い確率で効果が望める。そうしてこちらの状況に照らし合わせれば、マスコミに囲まれるプレッシャーの中で、軍はどんどんと冷静さを欠いていった。その時点で、こちら側が有利になっていたんだ」


 そんな騒ぎを避けるように、本多兄弟は中学棟の最上階で、再び相対していた。


「確かに向こうは、軍に逆らう連中を叩き潰しておきたかっただろうし、こちらも軍に一矢報いたいところではあった。だが、この状況下で、こちらが軍に合わせていては、どうしようもない。そういう有利さは、最大限に活かすべきだ。まあ、今回は軍の方に、その事に気付く程の人材がいなかったのも、幸いしたというべきだろうな」


 もちろん天樹自身、TVカメラの稼働範囲には入らない立ち位置を、きちんと確保している。

 そこはさすがと言うべきだった。


「運が良かったと言えばそうなのかも知れないが、相手に『この方法しかない』と思わせるような布石はしたつもりだよ、神月」


 校内が歓喜と興奮に包まれるなか、最後まで冷静に、天樹はそう言ったのである。


 人質となっていた人間の特異性故に、内部処理をもくろんで、軍警察ではなく、保安情報部を動かした軍の思惑は、結果的に裏目に出た。 


 テレビカメラの存在があるばかりに、最初に発砲したという事実を覆い隠す事さえ出来なかったのだ。


 軍は形ばかりではない、正式な「話し合い」のテーブルを設ける必要に迫られ、その代表として話に応じたのは、天樹でも手塚でもなく――中学生である、本多神月だった。


 こちら側としては、いくら自分達が軍に一泡吹かせてやりたかったとは言え、賛同者全てが罪に問われるようでは、元も子もない。


 中学生主導とする方が、まだしも周囲の心証も変わろうかというのが、天樹と手塚の一致した見解であり、神月もそれに同意した。 


「でも、いかに、こっちが騒いだ非を問われずに、相手を責めるかって話なんだよね?……意外と人が悪かったんだね、兄さん」


 呆れともつかない神月の呟きに、天樹は苦笑を誘われたようであった。


「常に『良い人』でありたいとは思ってるから、上っ面は良く見えるだろう。実際、俺は大した利己主義者(エゴイスト)だと思ってるよ。まあ、本多家の将来を思えば、そういうメッキは早いうちに剥げておいた方が良かったんじゃないのかな」


 その自虐的な物言いに、さすがに神月も「あのさ、兄さん……」と抗議の声を上げかけたが、天樹はそれを、片手をあげて制した。


「そう言う意味では、今回の騒動の責は、俺が負うべきなんだろうが……いいのか?」


 実際に軍を欺いてみせたのは、神月ではなく、天樹の方である。


 もう一度、念を押すように、矢面に立つ事を確認してくる天樹に、神月も微笑した。

 天樹とは異なるように、ひどく、哀しげに。


「それでいいよ、兄さん」

「神月……」

「俺にも出来る事をさせてよ……愛のために」


 天樹の脳裏を一瞬よぎった父母の渋面は、亡くなってしまった若宮愛を思う、神月のこの一言の前にかき消された。


「分かった。母さんには、俺が何とか説明しておくよ」

「父さんは?」

「文句は言わせない。そのために、わざわざSEA(エス・イー・エー)テレビ一局を招き入れておいたんだ」

「……え」


 神月は軽く目を見開いて、兄の平然と佇む横顔と、教室内を動き回るテレビカメラとを見比べた。


「SEAって……」


 それは確か、買収によって本多家が、有力財閥としての一歩を最初に踏み出したとされる、大手テレビ局の名前だった筈だ。 


「軍と繋がりの深いメディアではないから、最もこちらの正当性を訴えられる筈だし、同時に一局のみにしたことで、SEAの映像が全てのメディアで用いられる事になる。そこから来る著作権料は、父さんを黙らせても、お釣りがくるだろう」


 父親相手にも、親子の情を持ち出そうとはしないあたり、天樹は父親の立ち位置を、神月よりも正確に理解していた。


 お互いに、仲が悪いとも思っていないが、世間一般に見るところの親子交流は、完全に没交渉と言っても差し支えがなかった。


 さすがに言葉を返せない神月に代わって、天樹のよく知る声が、緊張感をまるで感じさせずに、そこに割り込んできた。


「……なるほどな。何ゆえSEAなのかと思えば、そういう裏か」

「……手塚」


 どこから現れた、と無駄な事は天樹も聞かない。


 さも当然であるかのように、その場にいた場合、周囲のほとんどが、最初からそこにいたかのような錯覚を覚えてしまうのだ。


 彼の中にも最初から、この事態に手を貸さないと言う選択肢はなかったのだろう。


「一通り、口止めはして回っておいた。あくまでも、神月君主導って事にしておいたが、いいんだな?」


 やはり手塚にも、天樹同様の躊躇はあったようだったが、無言で神月が頷くのを見て、それ以上を強制する事は、諦めたようである。


 そんな手塚と天樹に、一度だけ深く頭を下げた神月は、それ以上を告げずに、集団の輪の中へと自ら戻って行った。


「……初めからこうするつもりだったのか、本多?」


 神月の耳に、己の声が届かなくなるタイミングを見計らって、低く、冷静な声で手塚が問いかけた。


 弟を守るだけではなく、事態の全てに片を付ける事――手塚の視線は、笑みのない、眼鏡越しにも厳しいものであり、天樹はそんな視線を嫌ったかのように、ふと、窓の外へと視線を投げた。

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