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虚空のシンフォニア――序奏・黎明の迷宮――  作者: 渡邊 香梨
第七章 最も危険な賭け
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第一艦隊司令部Side4:追跡2日目(4)

 およそ七年前、将官同士の対立の、駆け引きの道具に近い形で、バリオーニの下に配されたクレイトンだったが、バリオーニの先見が効を奏した形で、クレイトンは負け知らずのまま、現在の地位を築き上げていた。


 過日の“サン・クレメンテの戦い”までは、このバリオーニが第一艦隊司令官を兼ねていたのだが、航路データや物資の流出疑惑がああり、それを追っていた長年の部下、リヒト・イングラム参謀長を失った結果、バリオーニは「兼務」の二文字を外し、クレイトンへと引き継いだのである。


 とは言えクレイトンとしても、地位以上の責任を被ってまで、戦場に駆り出されたくはない。


 今はまだバリオーニの後見が、少なからず必要なのである。


「お願いがあって参りました、副本部長」


 四十七歳となって、前線からは遠ざかりつつあるバリオーニだが、髪に白いものが混じるようになった程度で、痩身の体躯には、何らの変化も見えない。


 魑魅魍魎の世界で揉まれた者特有の、表情の読めない笑みを浮かべながら、バリオーニはクレイトンに椅子を勧めた。


「拒否権のない『お願い』は、お願いとは言わんぞ、クレイトン。最も、それが私にどう有利になるのか、それさえ明確ならば、ノーとは言わんがな」


「それで、ジェフリー中尉も外へ?」


「私にも、保持しておきたい威厳と言うものがある」


 クレイトンの持つ威圧感は、多くの他者を圧倒するに足るものがある。


 バリオーニの発言は無論、それを揶揄したものに他ならないのだが、彼自身が、時折クレイトンの手段を問わない戦いぶりに圧倒される事があるだけに、どこまでが冗談なのか、言った側も言われた側も、判然としていなかった。


「確かに、また年金の額が上がるかも知れないお話を持ってきました、などとは、中尉には聞かせられませんか」


 答えるクレイトンにしても、冗談の才は、さほど豊かではない。


 にこりともせずに、手にしていた封筒の中から、書類の束を取り出して、彼自身の要件を切り出した。


「昨今、軍内部で密かに跳梁跋扈していた、侵入者(ハッカー)の尻尾を何とか掴む事が出来ました。副本部長には是非、御一読いただきたく」


侵入者(ハッカー)?」


「これが、発信源と送信先の一覧。まあ、私の権限で、どうにかなる人間はさておき、問題は――ここ」


 バリオーニの視線が、クレイトンの指の動きに従って下がっていき、ある箇所で固定された。


「…………ほう」


「これだけで、今すぐどうにかなるものではない事くらいは、私にも分かる。いつ、何を引き出したのか。突き詰めない事には証拠にもならない。ただ、副本部長にはその御許可を頂きたい事と、()()()にそれとなく圧力をかけて頂ければ、尚、有難いと思いまして」


「それも私には瑣末事じゃないかね?仮に()()()()が空席になったとて、あるいはその代わりに君が就いたとて、事態はさほど変わらないだろうに」


「ですが貴方の上に立つ方に、一つ『貸し』を作る事は出来る。例え、誰もが知る子飼いであっても、恐らく私が突き詰めれば、自己防衛が優先される。共に心中するほどの、心根がある方でもないでしょう。その切り捨てを黙認して差し上げれば、その貸しは大きい」


 バリオーニが、やや盲点を突かれたように、腕組みをして、しばらく考え込んだ。


「……御老人には、この事は?」


 御老人、とはこの春で退官年齢となる、ウルド・ラフロール宇宙局局長の事である。


 現在地球軍において、大将職を務める人間は5人。

  

 そのうち、バリオーニとクレイトンは比較的友好関係にあり、統帥本部長であるローガンベリーと、宇宙局副局長たるガルシアとの間にもまた、同様の関係は存在していた。


 そして、この両対の間には、友好関係は存在しない――そこまでは暗黙の内に知られた事なのだが、この春で現場から退くラフロールの旗幟を知る者は、実のところ一人もいないのである。


 この時も、クレイトンは黙って、首を横に振ってみせただけであった。


「ふむ。出来ればあの御老人には、憂いなく退官して貰いたいと思っているんだが……」


 まさか年金額の目安を知りたいがためでもあるまいが、バリオーニはぶつぶつと、そんな事を呟いている。


「方法なら一つありますよ、副本部長」


「と、言うと?」


「ここより下の者の罪を突けば、責任を取るのは上位者一人。御老人には罪は及びません」


「…………」


 バリオーニは、書類をざっと一瞥する。


「…………初めからそのつもりだったか、クレイトン?」


 外部の()()()()()からのアクセスは、ガル

シア副局長以下、第四艦隊のハミルトン司令官と、特務隊宇宙局担当ダントン大佐相手に集中していた。


 仮にクレイトンが、ハミルトンとダントンの罪を突けば、そのラインに繋がるガルシアは、少しでも自分の罪を軽くしたいと思えば、騒ぎが大きくなる前に、辞表を出さざるを得ないのである。


 そうなれば当然、表面上は上位者の引責辞任として決着がついた形になり、それ以上の余波は、どこにも広がらない。


 統帥本部長たるローガンベリーにしても、ラフロールやバリオーニに引責辞任をされては、いつその矛先が自分に向けられるか分からないため、己の地位に固執するのであれば、ガルシアを切り捨てなくてはならない筈だ。


 馬鹿馬鹿しいまでの「政治取引」だが、この書類に、統帥本部長を蹴落とすまでの力がない以上、そこまでが限界だろう。


「ですから、ご許可を—―と最初に申し上げました」


 顔を上げたバリオーニに、しれっとした顔で、クレイトンはそう答えた。

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