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虚空のシンフォニア――序奏・黎明の迷宮――  作者: 渡邊 香梨
第七章 最も危険な賭け
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第一艦隊司令部Side3:追跡2日目(3)

 朝一番、ウィリアム・クレイトン大将は全ての業務を後回しにして、コローネ・バリオーニ地球軍統帥副本部長と会談する筈だったのだが、部屋を出ようとした所で、困惑した表情の部下、アレックス・シンクレア少将に呼び止められた。


 会談の重要性は認識している筈なのだが、日頃のシンクレアらしくない呼びかけに、クレイトンは眉をひそめて、振り返る。


「何だ?」


「軍警察フィオルティ支局長、ジュリー・ヘレンズ大佐より、緊急の連絡が入っています。概要を聞く限り、副本部長とお会いになられる前に、話をしておかれるべきかと思いましたので」


「ジュリー……ヘレンズ?」


 記憶を辿ったのは、ほんの一瞬。


「いいだろう、繋げ」


 素早く身を翻したクレイトンは、自らのデスクにある、回線の保護されたTV電話(ヴィジフォン)の前へと戻った。


「悪いが今から、大事な話し合いを控えている。再会の挨拶は省かせて貰うぞ、ヘレンズ」


『はいはい。相変わらずですこと』


 電話の向こうで、ヘレンズは大げさに肩をすくめた。


 ヘレンズが、時代の寵児とまで言われるウィリアム・クレイトンと、士官学校の同期だったと知ったのは実は五年ほど前の事なのだが、知ってしまえば尚、会話も気安くなろうと言うものだ。


 例え在学中に一切の接点がなかったのだとしても、年々、その数が減っていく「同期」に対する親近感は、それほどまでに大きいのである。


『貴方の部下が、雲隠れしちゃって捉まらないものだから、一応状況報告くらいは、貴方にもしておこうかと思ったのよ。後でせいぜい、感謝してもらわなくちゃね』


「部下?」


『全く、平身低頭に電話してきた割には、自分は既に少将閣下だったんだから、恐れ入るわ。さすが薫陶が行き届いてますこと』


「………」


 何の事だ、とクレイトンは問わない。


 誰にせよ、配下にいる者の行動を、知りませんでしたで済まされる地位に、自分はいない。


 後でシンクレアに調べさせるしかないだろうと、影で嘆息するより仕方がない。

 

「愚痴を言うためにかけてきたのなら切るぞ、ヘレンズ」


『嫌な言い方……。分かったわよ、詳細は後でウチの部下にファイルにして送らせるわよ。とにかく、回線長の侵入痕跡から掴んだ“使(ディ)(シス)”のフィオルティ地区の拠点は、三つばかり叩かせて貰ったから、()()()()には宜しく伝えておいて。ヘレンズが、少将閣下にご満足いただけかどうか、気にしていた――とね』


「……っ」


 ヘレンズに気取られない範囲で、クレイトンは軽く目を瞠った。


「天下のジュリー・ヘレンズをこき使わせておいて、不満など言わせんさ。ただそれに報いる事が出来るかどうかは、今から行く話し合いの結果次第になるな」


『あら、最後の仕上げ?』


「そう上手くいくかな」


 後は、ウチの参謀長と話を詰めてくれ…とそっけなく言い残し、クレイトンはTV電話(ヴィジフォン)の前から離れた。


「閣下……」


「聞いての通りだ、総参謀長(シンクレア)。後は頼む。それと本多に、一度連絡を寄越せと伝えろ」


 どうやら事態の輪郭が飲み込めてきた気がするが、今はこれ以上副本部長を待たせる訳にはいかなかった。


 独り、廊下をバリオーニの部屋へと歩きながら、クレイトンは内心で今の話を、素早くこれまでの話と共にまとめた。


(シストール社を()()()()()のは本多か……)


 全く同じ侵入(ハッキング)の痕跡を前に、発信源と送信先に限って、別人が圧力をかけるなどと、まず有り得ない。


 そしてシストール社支部長の倉科が、自ずとその「推薦者」の輪郭は明らかになる、と言った事にも矛盾しない上に、何より本多天樹は、クレイトンの緊急用のアドレスを知っているのだ。


 ――()()が起きているな、とクレイトンは確信した。


 この情報が、ラフロール宇宙局局長の後任争いに、大きな一石を投じる事は確実だったが、本来、本多天樹はそう言った権謀術数には最も無関心な士官の筈である。


(どうしても、私を動かさなくてはならない「何か」が起きた…か)


 だが自分自身が無関心である一方、クレイトンの麾下でもう五年になる(タカキ)は、クレイトンがこの未来(さき)目指す目的を、良く知っている。


 必要なら、それを利用してのける度胸と才覚も、充分に持ち合わせている青年だ。


 結果はともかく、彼の掌に乗せられている気がして、クレイトンはやや不快気に顔をしかめる。


「この貸しは高くつくぞ、本多……」

「は…?」


 クレイトンのふいの呟きに、バリオーニのオフィスから出てきた士官が小首を傾げ、足を止めた。だがその相手が、自分よりも遥かに階級の高いウィリアム・クレイトン大将だと知って、驚いたように、一歩後ずさって、敬礼をした。


「失礼いたしました、大将閣下!」

「いや。副本部長殿はご在室か?」


「はっ!小官は席を外すよう命じられましたので、この場にて待機させていただきます。どうぞ中へお入り下さい!」

    

 見たところ、まだ十代にも見えるあどけなさだが、イヴィス・ジェフリー中尉は、副本部長付の副官だ。


 そうか、とだけ答えたクレイトンは、それ以上ジェフリーに話しかける事はせずに、副本部長の部屋へと足を踏み入れた。


「ウィリアム・クレイトン大将、入ります」 

「堅い挨拶は抜きにしておこう。かけたまえ」


 コローネ・バリオーニ大将は、現在でこそ地球軍の実質上のNO.2たる、統帥副本部長の地位にはいるが、元々は前線軍人として、クレイトンや副司令官ヒューズの上官だった男である。


 上を目指す理由が、退役軍人の年金を最も高額で受け取れる地位にいたいからだと公言したバリオーニの姿勢は、確実にヒューズに は影響を与えている。

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