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虚空のシンフォニア――序奏・黎明の迷宮――  作者: 渡邊 香梨
第七章 最も危険な賭け
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ガヴィSide2:追跡2日目(1)

 翌朝、未だ東の空の一部が明るくなり始めた時間帯に、ホテルを出たキールとガヴィエラは、一時間ほどのドライブの後、カルヴァン地区の『ホテル・ヴィクトリア』に車を乗り入れると、ロビー近くのカフェテリアに腰を落ち着けた。


 朝食と、この先の予定を話し合うためである。


「着いた事は着いたけど」


 ちぎったパンに、バターをたっぷりと塗りながら、ガヴィエラが口を開く。


「この地区で、例のクレジットカードを使った車の動きがないって事は、二人がここから動いていないって事よね?でもこのホテルだけで、部屋数は192もある訳でしょ?やっぱり昨日みたいに、地道にカメラの画像を追うしかないって事かな」


「迂闊に聞きこみでもして、逃げられたら、お手上げだしな。大体、外での会話なんて、誰がどこで聞き耳をたてているか分からないんだ」


「本多先輩、早くて昼に着くんだっけ?それまでに何とか、水杜(みと)さんなり、アルシオーネなりの痕跡だけでも捜さないと。あの画像が()()だったとして、車椅子の二人連れってだけでも、昨日より捜索条件は狭められるけど……水杜さん、ヒドイことされて歩けない、とかじゃないよね?大丈夫かな?」


「おまえ、あの二人連れが若宮女史たちなのかどうか、まだ疑ってるのか?」


 コーヒー片手に、上目づかいの視線を向けるキールに、パンを頬張ったまま、慌ててガヴィエラが片手を振った。


「違うって!断定はしないでおこう…って、変な予断は持たないでおこうって、思ってるだけだってば」


 やや不満げに反論をしかけたキールだったが、突然、彼の背後で椅子を蹴倒す勢いで誰かが立ち上がり、その物音に、出かかっていた言葉を引っ込めて、何気なくそちらへと視線を投げた。


 ガヴィエラも、ふとパンを食べる手を止めて、顔を上げた。そこには縁無しの眼鏡をかけた茶髪の青年が、半ば呆然と二人を見下ろしている。 


「ひどいこと、とはどういう事だ」

「はい?」


「彼女、病気や戦傷で、車椅子の生活を送ってたんじゃなかったのか?おまえたちはいったい何を言ってるんだ、説明してくれ!」


「…って、突然言われても……」


 青年の勢いに押されるように、ガヴィエラとキールは一瞬顔を見合わせたが、周囲の好奇の視線に気が付いて、慌てて自分たちのテーブルの方へと青年を引っ張り込んだ。


「だから、誰がどこで聞き耳を立てているか分からないと言ったんだ、ガヴィ」


「ええっ、今の私だけの責任?」

「他に聞いてた奴はいそうか?」


「やっ…まだ朝早いし、そんなに人いないから、大丈夫だと思うけど……」


 とりあえず、店員たちが不審そうにこちらを見ているので、ガヴィエラが慌てて「うわぁ久し振り!」などと、青年の肩を叩いて、その顔をまじまじと覗き込んだ。


「…で、どちら様?」


「若宮さん――彼女の、高校の同級生だ…って、聞いているのは、俺だ!そっちこそ何者だ?事と次第によっては、騒ぎ立ててやるぞ、今、ここで」


「うわっ、何か誤解してる、この人。私たち、水杜さんを捜してる側の人間なのに」


「だから、それがどう言う事なのかと聞いてるんだ、俺は!」


 テーブルを叩かんばかりの勢いを見せる青年とは対照的に、溜め息まじりに、落ち着くよう声をかけたのは、キールだった。


 どうもこの手の役割が、彼には多い。


「ガヴィ、ストップ。それじゃ、話が先へ進まない。あなたも、ここでかみ合わない口論をしたい訳じゃないでしょう」


「………確かに」


 冷静に告げるキールに、気圧されたように手塚が勢いを弱めた。


「本題の前に、一つ。若宮女史の、高校の同級生と言う事は、本多先輩とも?」

 

「本多?…ああ、本多天樹(タカキ)か。確かに、俺は奴ともクラスメイトだった事がある。…と言う事は、そっちは本多の部下か。高校で見た覚えもないしな」


「リーンとレインバーグで結構です。こちらの事は、それで充分ですね」 

「手塚だ。今はソフィア医大にいる」


 間接的な肯定とともに、不承不承、手塚(アキ)()が手近な椅子に座り直した。

 ゆっくりと、顔の前で両手を組み合わせ、値踏みするように無言の視線をぶつけてくる手塚を、キールも真っ向から受け止めてみせた。


「事と次第によっては騒ぎ立てる…と言う事は、貴方はどこかで彼女を見ているんですね。それもつい最近。違いますか、手塚さん?」


 やがて投げかけられたキールの言葉に、ガヴィエラははっと顔を上げたが、当の手塚は、しばらくは答えなかった。


「……俺はそういう、言葉の駆け引きってヤツは大嫌いだ。本多の薫陶だろうが、そういう悪習は流行らせるものじゃない」


「すぐに人を信用するような習慣は軍にはありませんから、必要悪ですよ」


「その口調が本多の薫陶だと言うんだ」


 にやりと不敵な笑みを見せる手塚に、さすがにキールも反論をしかけたのだが、その時突然、手塚が「しまった……っ」と顔色を変えて、呻いた。


「手塚さん?」

()()()()()()()が、迂闊……っ!」


 ズボンの後ろポケットから携帯電話を取り出した手塚は、キールらを無視するように、いきなりどこかへと電話をかけ始めた。


 良い度胸だよね、この人…と、ガヴィエラが呆れたように、そんな手塚を見つめる。


「何か、自分のペース崩す気ゼロって感じしない?こっちの話ちっとも聞いてないし」


 キールは苦笑して、肩をすくめた。


「まあ、本多先輩の同級生だって言ったしな」

「……今のちょっと、問題発言のような気も……」 

「そうか?」


 恐らくは、二、三度の呼び出し音をやり過ごしたであろうと思われる沈黙の間、キールとガヴィエラは、そんな小声にもならない言葉を交わし合っていた。


 手塚の方も興味深げにそんな二人を見ていたが、それも一瞬の事でしかなかった。



「――よ。まだ生きているとは何よりだ、()()

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