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虚空のシンフォニア――序奏・黎明の迷宮――  作者: 渡邊 香梨
第七章 最も危険な賭け
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キールSide2:追跡1日目(25)

「……ねえ。襲って来たのって“使徒(ディシス)”の連中だったって事?」


 その軍警察の姿が暗闇に消えて、ホテルのシルエットが街灯に大きく照らし出されるようになってきた頃、口調を元に戻したガヴィエラが、ふとキールを見上げた。


 足を止めないまま、だろうな…とキールも言葉を返す。


「で、軍警察は、どう考えても彼らを張り込んでたよね?」


「ああ。いくらブラックリストに挙げられた反政府組織(レジスタンス)と言っても、四六時中警察が張り込んでいる事は、まずない。何かがあって、張り込んでいた結果の出来事であって、むしろ喜んで逮捕していったようにも見えた」


「ここ“使徒(ディシス)”の本拠地だもんね…いつ内偵があって、摘発があっても不思議じゃないよね、確かに。あ、でもそれだと、結構ラッキーかも、私たち」


「ラッキー?」


「だってあの連中、私たちがアルシオーネ・ディシスを探してるの知ってて、それが、どうしてここにいるのか、その詳細を知ろうと襲ってきた訳でしょ?それがさ、いきなり軍警察に検挙されちゃったら、組織としては、しばらく大人しくしてるほかない訳だし、ぞろぞろと、カルヴァンまでついて来られる可能性も低くなったと思わない?」


「………ガヴィ」


「何、何かヘンな事言った、私?」


「いや、違う。そうじゃなくて―――」

 

 ガヴィエラの肩を持つキールの手に、ぐっと力が入った。

 そうじゃない、と低い呟き声が漏れる。


「確かに、おまえの言う通りだ。明日俺たちは、大手を振ってカルヴァンへ行ける。――随分と、都合のいい話になった」


「……何が言いたいのか、分かった気はするけど」


 難しい顔のキールを、呆れたようにガヴィエラが見上げた。


「そのうち、雨が降っても風が吹いても、本多先輩が何かやったんじゃないか、なんて言い出すんじゃないの?別に“使徒(ディシス)”の摘発を、本多先輩が手回していようといまいと、水杜さんを捜さないといけない事に、変わりはないでしょ」


「余計な事まで考え過ぎだ、ってか」

「そこまでは言ってないけど」

「…分かったよ」


 完全に納得した風ではなかったが、キールは苦笑して、ガヴィエラの頭に手を置いて、髪をかき回した。


「明日以降どうするかを、今晩は考えるよ。それでいいんだろう?」


 セットが乱れる、などと不平を漏らしたガヴィエラではあったが、その程度の冗談は、お互いに許される間柄である。


「あ、そうそう、キール」


 ホテルの部屋の前まで来た時、ドアを開けかけたガヴィエラは、何気なく手を止めて、キールの方を振り返った。


「睡眠時間を確保した方がいいとは思うけど、カルヴァンに着いたら先輩に連絡するっていう()()()()()()()()()()、どうぞご自由に」


「……ガヴィ」

「気になる事は、解決しておかなきゃね」


 悪戯っぽいウィンク一つを残して、ガヴィエラは、あてがわれた部屋へと消えた。


 キール自身の消化不良を察した発言だと、分かってはいても、盛大な溜め息をつかずにはいられない。


 別に、()()だけが消化不良だった訳ではない。


「まったく、人の気も知らないで……」


 常識の範疇からは外れた時間帯だと、充分に認識はしていたが、キールは自分の部屋へと足を踏み入れながら、上着の内ポケットから携帯電話を取り出した。


「……ああ、先輩。俺です。すみません、こんな時間に」 

『構わないよ。何か分かったんだろう?』


 ここ数日、仮眠程度の睡眠しかとっていない筈なのだが、本多天樹の声に乱れはない。


 過酷な戦場を幾度もくぐり抜けてきた人間の、哀しい習性と言うべきであった。


 地球(テラ)国立図書館、シビラ大、ナイキー…と今日一日の経緯をかいつまんで説明するキールに、天樹はしばらく口を差し挟む事なく、耳を傾けていた。


 反応を見せたのは、話がモーガン・ハミルトン中将の話題に及んだ時である。


 なるほど、と妙に納得した響きが、電話越しに聞こえてくる。


『悪いけどその記録、消去されないように保護して、転送してくれないか。…使えそうだ』


「後でガヴィにやらせますよ。本当は、まだこの目で二人を見た訳じゃないんで、連絡するのは少し躊躇ったんですけどね。気になる事もあったんで、方針を転換しました」


『気になる事?』

「軍警察の動きです」

『………』


 天樹は即答しなかった。


 やっぱり…と電話を持ったまま、キールがわざと聞こえるような溜め息をついた。


「何か働きかけてたんですね?つい昨日まで、介入されては困るんだ、みたいな事を言っていたのに」


『むやみに介入されては困るのは、今も同じだよ。俺はただ、関係者全員の目を、若宮さんから逸らしておきたいだけなんだ。だが、そういう風な言い方をするからには、俺はへレンズ大佐の判断力と実行力に、感謝すべきかな。しばらく“使徒(ディシス)”は身動きがとれない。……そういう事なんだろう?』


 やや不満げに頷いたキールを、宥めようとした訳でもあるまいが、天樹もヘレンズが、かつての〝ダヌヴィスの内乱〟で、最後に士官学校へと乗り込んで来て、粛清の大鉈を振り下ろした女性士官であった事を明かした。


「……っ」


 さすがに、キールも二の句が告げずにいる。


『ヘレンズ大佐は上昇志向の強い人だ。多分クレイトン大将にだって、何らかのリアクションを起こすだろう。士官学校の同期だと、昔聞いた覚えがあるからね。そこまでいけば()も拡大するし、軍警察の目も、保安情報部の目も、全てが宇宙局内部へと向く。一日や二日、俺がいなくなった所で、取り沙汰されれる事もない。明日には首都(アルファード)を出るよ』


「わ……かりました。それまでに、二人の居場所を何とか特定してみます」

『頼むよ。深夜まで働かせて悪かったね、キール。おやすみ』


 天樹に眠る気があるのかどうかが疑問だが、完全に、天樹のペースに巻き込まれている事だけは間違いない。


 敵わないな、と顔をしかめながら呟いたキールは、すぐさま同じ電話でガヴィエラを呼び出したのだが、こちらはすっかり熟睡していたらしい声が返ってきて、別の意味でキールを感心させた。


『……()()()()は解消した?』


 短く、ファイルの転送だけを指示するキールに、ガヴィエラはそれだけしか聞かなかった。


 キールの内心の葛藤も、愚痴も、全て見透かしたうえでの問いかけだと、そう思えた。


「……そうだな」

『うん、なら良かった。じゃ、また明日ね』


 多くを口にせずとも、全てが伝わる事への安心感は、実は相手が思っている以上に、本人にとって大きい。


「本当に頼っているのは、俺だよガヴィ……」


 自嘲ぎみにそれだけを呟いて、キールはごろりとベッドに横になる。


(明日には首都(アルファード)を出るよ)


 仮に、本多天樹が最も早い動き方をしたとしても、目的地へ辿り着くのは正午以降の事になる筈だった。


 ――午前中が勝負だと確信したキールは、明日のために、そっけなく、瞳を閉じた。

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