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虚空のシンフォニア――序奏・黎明の迷宮――  作者: 渡邊 香梨
第七章 最も危険な賭け
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キールSide1:追跡1日目(24)

「ガヴィ、この時間じゃ人影があったところで、どうせ――」


 恋人同士か何かだろう、と軽口を返しかけたキールの言葉も、途中で途切れる。


 酔いを感じさせない軽やかさで、ガヴィエラが防波堤の上から、キールの隣りへと飛び降りた。


 近付いて来るのは、どう見ても非友好的な空気を身にまとった、八人程の人影だ。


 隅々まで探し回ればともかくとしても、今この時点で、堂々と防波堤の側を歩いているのは、自分たちだけに見える。


 どう考えても、二人に用があるとしか思えなかった。しかも、力づくで。


「忘れてたけど、この辺り、“使徒(ディシス)”の拠点地域だったっけ」 

「まぁ、どこかで見つかってたんだろうな」


 お酒のせいであっても、なくても、十人にも満たない人数では、二人に緊迫感など生まれよう筈もない。


 相手は無言のまま歩を進めると、やがて確信的にその速度を速めて、二人の方へと襲いかかってきた。


 無言で拳を身体の前で構えたガヴィエラが、キールよりも一歩前へ出ると、身を低く屈めて相手の拳をやり過ごして、左肘をその脇腹へと叩き込んだ。


 そのまま、相手に反撃の隙も与えないまま今度は右の拳を顔面へとぶつけて、相手を遥か後方へと吹っ飛ばす。


「……っ⁉」


 その、一瞬の一撃で、相手は明らかに怯んだ。


「誰も来ないなら、こっちからいっちゃおうかなぁ、聞きたい事もあるし」

 

 どちらが襲撃者か、分からない科白を平然と吐きながら、宣言通りにガヴィエラが、もう一歩、足を前に踏み出した。


「――そこまでだ!」

「ふえっ?」


 しかし新たな活劇は、それ以上起こらず、ふいに割って入った、聞き覚えのない声と共に、車のライトを集めたと思しき光が、突然、辺り一面を照らし出した。


「軍警察だ!武器を捨てて投降しろ!」

「何っ⁉」


「めっちゃ失礼!こんな()()()()()女子が、犯罪者に見えるって言うの?それ以上言ったら、まとめてぶっ飛ばしてやるっ!」


「……いたいけな女子は、ぶっ飛ばさないから、ガヴィ……」


 突然の闖入者に対する反応は様々だったが、慌てふためいて逃げようとする者たちが、怪しくない道理はない。ガヴィエラとキールを除いた襲撃者たちは、辺りを囲む軍警察に、次々と取り押さえられていった。


 手近にいた何人かに、捕らえた全員を連行するよう指示を出しておいてから、最初に軍警察の名乗りを上げた男が、ガヴィエラとキールを怪訝そうに見比べた。


「私は軍警察フィオルティ支局のフェローズ中尉です。失礼だが、貴方がたは」

 

「酔っ払いその1とその2ですー」

「…………」


「はいはい、分かったから、黙ってるんだ、ガヴィ。失礼、私たちはシストール社のアルファード支部から、出張で来ている者です。私はレインバーグ、彼女はリーン。危急に駆けつけていただき、感謝しています」


「会社員の方……?」


 ガヴィエラの身のこなしが、全く会社員らしく見えなかったのは、キールにも分かっていたが、ここで根堀り葉掘り、軍警察に事情聴取を受ける訳にはいかなかった。


 シストール社のクレジットカードを持って――と言うか借りているのだがら、あながち間違いでもないだろうと思ったのだ。


「一時期に比べると、フィオルティの治安も安定した、とは社で聞いていました。図らずも今、実感させていただきましたよ。これで安心して、我が社もフィオルティ地区への営業が強化出来ます。有難うございました」

 

「…………」


 ぬけぬけと、とはこの事である。フェローズは、反論と追求の取っ掛かりを奪われたように、立ち尽くした。


「さっきの…連中に関してだが」


 半瞬の自失の後、フェローズは態勢を立て直そうとするかのように、咳払いをした。


 どうやら偶然でも、使い走りでもなく、事前に何かがあって、軍警察はここに来たらしいと察しつつも、キールは黙っていた。


「財布や貴金属を狙うなら、正直こんな場所では襲わない。そもそも彼らは、反政府組織(レジスタンス)として名高い連中だ。それが明確に、貴方がたを狙った。いったい、どうして……」


「どうしてでしょうねぇ?」


 にこやかに答えたのはガヴィエラだったが、フェローズは表面上、それをキレイに無視した。


 明らかに彼は、ガヴィエラを酔っぱらい扱いしている。あながち間違いでもないが。


 視線を向けられたキールも、苦笑して肩をすくめるしかなかった。


「申し訳ないが、本職以外の話題には疎くて。襲撃者に聞いて貰う方が早いでしょう、多分」


「こちらも認識不足で申し訳ないが、貴社の業務内容をお教え願いたいのだが。何、企業機密などではなく、一般論の範囲で結構」


「まあ、一口で言えばハイテク産業ですよ。コンピュータ機器や通信関連機器なんかを中心に、開発・販売の双方を手がけています。彼女が開発担当、私が販売担当。今は特に、宇宙通信関連事業に力を入れていますけどね」


 シビラ大での会話とは、まるで逆である。 

 今は唖然とするガヴィエラをよそに、キールがフェローズに話を合わせている。


「通信関連……?」


 ネットワーク関連の犯罪は“使徒(ディシス)”の最も得意とするところであり、やはり連中に、何らかの思惑があったのかと、フェローズは顔つきを変えた。


「こちらには、いつまで?恐らくは私の上司が、お二人の話を聞きたがるでしょう、出来れば、お時間を割いていただきたいが」


「あ……っと、実は明日の早朝には、どうしてもここを発たないといけないので、ちょっとそれは……。大事な仕事(プロジェクト)ですので、どうしてもという事でしたら、三日後以降にしていただきたいのですが、無理な相談ですか」


 今は今で、相棒がこの状態ですし、と笑うキールに、思わずフェローズもつられる。


「では今はご連絡先だけお伺いして、そのお仕事が終わった後、こちらの警察にお立ち寄り願いたい。私の名で、話は通るようにしておくので」


「……仕方ありませんね」


 警察の軍規としては、それが限界だろうと思ったキールも、折れるより他なかった。


 仕方なく携帯電話の番号を告げてから、わざとガヴィエラの両肩を掴んで、介抱するような仕種を見せながら歩き出した。

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