第一艦隊司令部Side2:追跡1日目(22)
二枚、三枚と、たて続けに書類をめくり、喰いいるようにその文字をなぞるクレイトンを、その場の誰もが呆然と見つめている。
「……なるほどな」
そうして書類を読み終わったクレイトンの口もとに浮かんだ笑みは、お世辞にも純粋なものであるとは言えず、むしろその不穏さに、周りがぞっとして、息をのんだ。
「確かに、これは稀に見る大発見だ。貴社の者が、その扱いに困ったのにも、納得はいく」
そう言って、わざとゆっくり、足を組み替えながら、クレイトンが倉科を一瞥する。
自分たちの出方を試されている事は分かっていたが、倉科も、ここまでくれば虚勢を張り続けるより仕方が無かった。
内心の冷や汗を押し隠しつつも、しっかりと顔を上げた倉科に、クレイトンは微笑った。
「――いいだろう」
「えっ……」
「これは私が、然るべく取り計らおう。その度胸に免じて、何か他にも渡したい物があるのなら、共に預かってやっても良いが?」
これまで、同種のセールスは尽く冷淡にあしらってきたクレイトンを知るシンクレアは、意外さも露に上官と、この訪問者とを見比べていたが、倉科の表情は、変わらなかった。
「では、ついでで結構ですので、どうぞ我が社のカタログにも、目をお通し下さい」
「ほう……目を通すだけで構わん、と?」
「結構です。平等な機会さえお与えいただければ、我が社は堂々と、現在の『牙城』を突き崩させていただきます。我が社の社員とてそれぞれに、自社製品に対する愛着とプライドは持ち合わせておりますから、その方が十年後の、社と社員のためにもなります」
一瞬、呆気に取られたようにクレイトンは倉科を見返したが、やがてそれは、常のクレイトンらしからぬ、高らかな笑い声へと変わった。
「なるほど、平等な機会か!確かにこの発見の最大の還元物は、それかも知れん。思ったほど、無欲でもないようだな。倉科…だったか。その才幹を、シストール社が疎んじたりしなければ、十年後の未来とやらは、ほぼ望みのままになるだろう。邁進するんだな。貴社製品の未来とやらに、私も期待しよう」
話の潮時だ、と感じた倉科は、立ち上がると、クレイトンに向かって深々と一礼した。
カタログを取り出したマーリィも、慌ててそれに倣う。
「ああ、倉科支部長」
踵を返し、立ち去りかけた二人の方を敢えて見ないまま、ふと何気ない事のように、クレイトンが問いかけた。
「余談だが、誰が私を推挙してくれたのか、ぜひ聞いておきたい。その者にも、相応の礼は必要だろう」
「――――」
振り返らないまま、倉科は足だけを止めた。
マーリィが少し不安げに、そんな倉科を見つめている。
「私の口からは……特にこの場においては、申し上げる事が出来ません。ですが閣下がこの『発見』を、可能な限り早急にお活かし下さるのであれば、それは全ての謝礼に勝るのででないかと、私は考えます。そうすれば、自ずとその方の輪郭も、明らかとなるでしょう」
「……結構。よく分かった」
頷いただけで、クレイトンは重ねて問いかけようとはしなかった。
むしろどういう事かを知りたがったのは、倉科とマーリィが退出した後残った、シンクレアとヒューズの方であった。
「シンクレア、ヒューズ。言っておくが私はシストール社から金を受け取った訳ではない。あの支部長とて、無条件に便宜を図れなどとは一言も言っていない。今のが何か、軍規に抵触したでも言うか?」
「………いえ」
「で、何ですかその書類は?」
訝るヒューズに、クレイトンが人の悪い笑みを浮かべた。
「軍回線に侵入してきたハッカーの、発信源と送信先だ。自社回線のメンテナンスの最中に偶然発見した、とは彼らのセリフのままだがな」
「は⁉いや、でもまた、何故それを閣下に?普通は軍警察でしょう、彼らは一般人なんですから。それとも、軍警察の誰かが閣下を推薦した、と?」
「ヒューズ、私と心中する覚悟はあるのか?」
「はい?」
「私の後がまを狙っているなら、この先は聞かない方が、お前のためだ。無論、お前が日和見を決め込んで、仮に私が失脚せずに済んだとしても、お前ほどの男を放り出すつもりはないから――よく考えてから、聞け」
「閣下……」
ずるい方だ、と思ったのは当のヒューズではなく、シンクレアだった。
ジャスティン・ヒューズは、戦場と地上との落差が、殊の他大きい士官として有名だ。
日頃は「面倒くさい」を口癖に、デスクワークの大半を他所へ回してしまう傍ら、一歩宇宙に出れば、類稀なる艦隊運用力を発揮して、クレイトンの思うがままの布陣を実現してのける男である。
ともすれば、地上の閑職に埋もれるか、彼の異才を理解しない上官の下で、不本意な人生を強いられるかするところだったヒューズを拾い上げたのが、他ならぬクレイトンなのだから、今更、そのくびきを離れられよう筈もなければ、その才能を、充分に理解している風な言われ方をして、拒絶の出来よう筈もないのである。
案の定、ヒューズの顔には、諦めにも似た笑みが浮かんでいた。
「早く日和見が決め込めるよう、私自身の為に、お手伝いさせていただきますよ、閣下」
クレイトンも、最初からその答えを予期していたかのように頷いただけで、既に話を、実務レベルの話へと切り替えていた。
「副本部長に回線を繋げ、ヒューズ」
書類をシンクレアへと手渡し立ち上がったクレイトンは、自らのデスクの前に座り直すと、二言三言、言葉を交わしたヒューズがクレイトンへと電話を代わるのを、気取られな範囲で呼吸を整えながら、待った。
「お忙しいところ恐縮です、副本部長閣下。早速ですが、なるべく早いうちに、お時間を頂戴したいのですが、ご調整願えますか」
その間、クレイトンが受け取った問題の書類を交互に読みあったシンクレアとヒューズだったが、クレイトンが何故、全軍のNO.2とも言うべき地球軍統帥副本部長に電話をかけたのかは、すぐには理解出来なかった。




