第一艦隊司令部Side1:追跡1日目(21)
地球軍宇宙局において「作戦部」とは、全ての航宙艦が所属するところだ。
したがって、この作戦部の長は代々、第一艦隊の司令官の兼務職となっている。
現在の長はウィリアム・クレイトン大将。
33歳での大将職は、軍のこれまでの歴史に照らし合わせてみても、生者の地位としては、最年少と言われている。
日頃メディアは、全体の戦いの推移を報じはしても、その中の一個人を、とりたてて報じたりはしない。だが若くして一軍の長にまにまで昇りつめた、このクレイトンの扱いだけは、別だった。
対金星戦における、現代のヒーローと言う扱いをとるメディアも、少なくはない。
そんなクレイトンの下には、日々取材やセールスと言った、面会の申込が殺到している。
それらを取捨選択していくだけでも、部下達の労力たるや大変なものがあった。
「……んだよ、この量は。俺の本職は、デスクワークでも、クレイトン大将の代理人でもないってのに」
そう言って、第一艦隊副司令官ジャスティン・ヒューズ中将が、いまいましげに目の前のパソコンを叩いている。
その向かいで、同じ第一艦隊の参謀長を務めるアレックス・シンクレア少将も軽く笑っていた。
「私はもう慣れましたよ」
「俺は慣れたくないね。おいテオ、お前さっさと兵役やめて、軍に入って来いよ。こういうのこそ、副官ってヤツの仕事なんだぜ」
ヒューズの前にコーヒーを置いた青年は、苦笑するだけで言葉を返せない。
この部屋の本来の主、ウィリアム・クレイトンは、現在食事交代で外出中であった。
その間に、ヒューズとシンクレアとで、クレイトン宛ての書簡や面会依頼を整理するのが、昨今の彼らの日課の一部だ。
時にはこの、クレイトン付きの従卒であるテオドール・フォン・レッドグレイヴ青年が、書簡の整理や返信に、手を貸す事もある。
現在兵役三年目、21歳の誕生日が過ぎたばかりのこの青年は、来年の兵役義務終了後も在野に戻らず、クレイトンの副官として、少尉待遇が与えられる事が決まっていた。
当然、ヒューズの愚痴はその揶揄でもある。
自分が信用した者以外、側に置きたがらないクレイトンが、立場が上がるにつれ、さすがに身辺の不便さからか、従卒を承認したのとて、わずか2年前、それも大将昇進の時だった。
必要以上の口出しをせず、実直な仕事ぶりを見せるこの青年を、クレイトンをはじめ、ヒューズやシンクレアらも、実際、重宝していたのだ。
「……ん?」
そのテオドールから差し出されたコーヒーを一口、口にふくんで、辟易した表情でパソコンの画面に視線を戻したヒューズが、そこでふと、表情を変えた。
「シンクレア少将、ちょっと」
「……何か?」
ヒューズは軽く右手の人差し指を口もとに当てると、無言のまま、目の前のパソコン画面を視線で指し示した。
怪訝な表情を浮かべながらも、シンクレアも無言で、ヒューズの手もとを覗き込む。
「これは……」
どう思う?と、ヒューズが素早くキイを叩いて、チャット画面へと文字を打ち出した。
もちろん、その文章はどこにも送らない。
他局の盗聴を警戒している、と素早く察したシンクレアも、短い沈黙の後、同じようにヒューズの横から手を出して、文章を続けた。
――この緊急用メールボックスのアドレスを知る将官は限られている筈です。それを何故、軍の筆頭取引企業ではない、シストール社の人間が……。
――このアドレスを、誰が知ってる?
――貴方以外の人物を、私は知りません。やはり閣下に確認する他ないでしょう。
「うーん……」
今度は声に出して、ヒューズが唸った。
「結構…これは優先順位を筆頭にしてもいいぐらいなんじゃないかと思うが?」
「……そうですね、賛成します」
軍歴のほとんどを、クレイトンの下で、補佐役として過ごしてきたシンクレアと異なり、ヒューズは常に前線に立ち、艦隊を率いてきた人間だ。
だがこれまで、ヒューズ自身、総参謀長としてのシンクレアの見解と、大きな相違を見せた事はない。
頷きあった二人は、戻って来たクレイトンに、黙ってこの面会申込書を差し出す事にした。
「……ほう」
クレイトンはわずかに、片眉を動かした。
「二人とも、今使用中の機器類が、よほど不満とみえるな」
冗談とも本気ともつかぬクレイトンの言葉に、シンクレアとヒューズは顔を見合わせるしかない。
「いいだろう、通せ。お前達の事だ、どうせ外に待たせてあるのだろう?」
お見通し、と言う訳である。シンクレアは一礼して部屋を退出すると、さほど間を置かかずに、二人の男性を連れて、再び部屋へと戻って来た。
やや年長と思しき壮年の男性が、クレイトンの方へと進み出て、深々と頭を下げる。
「シストール社アルファード支部を預かります、倉科です。こちらは技術部長のマーリィ。不躾な面会の申し出を許可いただき、感謝しております」
「簡潔な挨拶で結構だ。かけたまえ、用件を聞こう」
そう言って、応接用の椅子に歩み寄るクレイトンは、さほどの長身という訳でもないのだが、そこに漂う威圧感は、明らかにこの場の全員を凌いでいて、マーリィなどはすっかり気圧されて、全ての動作がぎこちなくなってしまっていた。
倉科は、表面的にはそれに動じない風を装い、黒いアタッシュケースの中から、書類の束を取り出している。
「御存知の通り、弊社も日々、通信事業を中心とした製品の開発と改良には、余念がありません。そんな中偶然、我々はある発見をしたのですが、正直なところ、弊社のスタッフで、そのデータを活かしきる事の出来る者がおりません。失礼は承知の上ながら、閣下がこの件に関しては、最も造詣が深いとお聞きしましたので、ぜひそのご意見をお伺いしたいと、こうして参上させていただいた次第です」
迂遠と言うよりは、思わせぶりな倉科の言い回しに眉をひそめつつも、クレイトンは無言で、倉科の差し出す書類を受け取った。