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虚空のシンフォニア――序奏・黎明の迷宮――  作者: 渡邊 香梨
第六章 疑惑の聖域
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軍警察Side2:追跡1日目(19)

『それよりも、今、俺の話を聞いていただけるお時間はありますか?』


「簡潔にして、的を射たものなら」


 わざとそっけない返事をしながら、ヘレンズは、フェローズを手招きして、彼が手にしていた書類を、手元まで持って来させた。


「あなたがただ、こちらに何か情報をくれるためだけに電話をくれたとは考えにくいわね。機密に抵触しない範囲でなら、あなたの質問に答えてあげてもいいわ」


『俺は今、アルシオーネ・ディシスを追っています。…この名前は御存知ですね』

「―――」


 携帯電話を、頭と肩で器用に挟みながら、ヘレンズは眉をひそめた。

 手にした書類を、片手で軽く弾く。


「続けて」


『組織を裏切った、と言えるのかどうか、彼は現在単独行動をとっています。何をしたのかは、こちらの機密の範囲の事なので答えられませんが、ともかくも、俺は“使徒(ディシス)”の組織よりも先に、彼を見つけなければならないんです』


「……アルシオーネ・ディシスが単独行動?」


 ヘレンズの声は決して大きくはなかったが、隣に立つフェローズにも十分にそれは聞こえ、フェローズもへぇ?と、軽く目を瞠っていた。


 アルシオーネ・ディシス。


 その名は“使徒(ディシス)”の頭脳と言われ、自ら表立った行動を取る事がないさえと言われる青年の名前である。


「…そりゃ“使徒(ディシス)”も慌ただしくなるかもね」

『大佐?』


「ああ、何でもない。それであなたは、私たちにその捜索を手伝え、と?それともアルシオーネ・ディシスに関する情報を、全て開示して欲しいのかしら」


『いえ……俺はただ“使徒(ディシス)”が軍のデータベースに無断で侵入していた痕跡と、その発信源を見つけたんです。ただその先をどうにかする権利はないので、いちばんふさわしい所にお預けすべきだろう、と――』


「⁉ちょっと待ったっ!今、前半何て言った?もう一回説明して!」


『簡潔に言えば、ハッカーとそのアジトを突き止めてみたら“使徒(ディシス)”に関わりがあった。そう言う事です』


「……あなた……」


 受話器を持ち替えて、フェローズに背を向けたヘレンズは、声のトーンから冗談の要素を消して、手にしていた書類に視線を落とした。


「これまでに“使徒(ディシス)”は、幾つか極秘情報の計画に対する妨害事件への関与を取り沙汰されてる。当然、並行して内通者捜査だって行われてる。あなたが敢えて()()()に頼むのなら、当然、巻き起こる嵐の大きさは覚悟して――」


『俺は()()()()()()()を巻き起こして欲しいんですよ、ヘレンズ大佐』


 ヘレンズの言葉を遮るように、強い調子で続けられた天樹の言葉が、ヘレンズの目を瞠らせた。


 かつての彼は、もう少し慎重派ではなかっただろうか。

 そんなヘレンズの戸惑いを察する事なく、天樹は言葉を続ける。


『クレイトン大将にも、この件は知らせておきます。――上手くいけば、もう少し「上」に行けるかも知れませんよ』


「それは願ってもない事だけど……あなた、今あまり冷静とは言えないし、結構際どい立場にもいるわね?踊らされた挙句に、あなたと心中とか、目もあてられないんだけど?」


『……冷静じゃありませんか、俺は』


「自覚がないなら、重症ね」


『いえ。自分でも自信がなかったので、このデータは、俺以外の他者の手に委ねた方がいいのかも知れない、と』


「そうね。それは賢明だわ」


 そう答えながらも、天樹の言葉を斟酌するように、ヘレンズは天井を仰いだ。


 機密情報への侵入(ハッキング)に対する逆探知は、首脳部の指示によらず行う日常業務である。当然それが成功した暁の捜査権は、現場が握る。


 証拠隠滅のリスクを少しでも減らすため、家宅捜索は、迅速さが全てに勝るのだ。

 決断をするための時間は、もとより多く用意されていないと、ヘレンズは悟った。


「――いいわ。乗ってあげる。クビか特進か、結果に乞うご期待と言うワケね」


 フェローズが、ギョッとしたようにヘレンズを見やった。

 上官が、何やら腹をくくったらしい事は声音で分かったものの、とても聞き捨てならないセリフだったのである。


 そんな視線を感じたのかどうか、くるりと振り返ったヘレンズは、微笑(わら)って片手を振った。 


「それで、どうするの?ウチにはフェローズ中尉っていう、私に似た響きの名前なうえに、いつクビになっても望むところって言う、イイ性格した部下もいるから、あなたが()()取りに来いというなら、行かせてもいいわよ」


『……さすがですね、その決断の速さ、4年前と何らお変わりない』


「何?」


『あ、いえ……そうですね、俺の持つ情報は、今からファイルにして、暗号コードで、とある場所へ転送しておきます。そのフェローズ中尉のIDで、ログインして下さい。くれぐれも、迅速に』


「あら、四年ぶりの再会とはいかないのね」


『いずれは会うかも知れません』


 ――天樹は暗に、アルシオーネ・ディシスを追う過程における、ヘレンズ達のいったんの静観を、それによって要求している。


 その事に気付かない、ヘレンズではない。


「……楽しみにしてるわ」


 どのみち、欲が深いとロクな事にはならない。二つ、三つ“使徒(ディシス)”の拠点が叩けるなら上出来と、割り切るより他ないようだった。


「――転送先は?」


 告げられた先が、地球軍宇宙局作戦部の中の個人ファイルであり、実は本多天樹が、既にジュリー・ヘレンズを遥かに追い越した地位にいた事を、彼らは後から知る事になる。


『宜しくお願いします。結構、あてにしていますので』


 だがこの時の天樹は、最後まで低姿勢だった。

 ――その裏に、焦りと苛立ちを押し殺しつつも。

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