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虚空のシンフォニア――序奏・黎明の迷宮――  作者: 渡邊 香梨
第六章 疑惑の聖域
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天樹Side2:追跡1日目(16)

「……素直じゃないな、准将」


 ガヴィエラやキールであれば「先輩にだけは言われたくありません」とでも言いそうなセリフだったが、カーウィンはその言葉の意図がすぐには読めず、眉をひそめた。


「短期間で、そこまで准将が俺を惜しんでくれていると、自惚れるつもりはないよ。俺は他人の賞賛と幸運は、無条件で信じない事にしているんだ。ああ、反論も本音も不要だ。俺からは、これだけを言っておく。仮にこの先、事態が()()()()()()()に動いていったとしても、過剰の期待も謝意も持たずに、目をつぶっていてほしい」


『閣下……っ』 


「グリースデイド大佐らの行動が、()()()()()()に無言の圧力をかけるのは、目に見えてるよ。だが彼一人を追い詰めたところで、事態の根本は解決しない。だからここから先は、全て俺に預けて貰う。――命令として」


『何をお考えですか』


 天樹の口調と表情から、反論が困難な事を、カーウィンは悟った。


「今は聞かない方がいいな。そうすれば、万が一の時にも、左遷されるのは、俺とグリースデイド大佐だけだ。准将の『望み』が果たされるのも、少し先の話になるだけだ。最悪そうであればいいと思って、本当はグリースデイド大佐を()()()()()んだろう?俺はその事をとやかく言うつもりはないから、だから今は少しだけ、目をつぶっていてくれ」


 画面の向こうで、カーウィンは顔色を変えて立ち尽くしていたが、天樹は構わず、話を続けた。


「准将、悪いが時間がない。話を戻すが、エノー大尉たちには、夕方以降、ここに来るように言っておいてくれ。俺はそれまでに、ここを出ていくから」


『承知……しました』


「それと、軍警察に誰か知人なり、信頼出来る人間がいるなら、紹介して貰いたいんだが、可能か?」


『軍警察…ですか?情報局の保安情報部ではなく?』


「保安情報部では、困るんだ」


 むしろ苦笑ぎみに天樹は言い、余計にカーウィンを困惑させた。


「軍の上層部は、今は不可侵の『聖域』だ。それでも俺は、そこに斬り込まなければならないところまで来てしまった。本当は、誰も関わらせるつもりはなかったし、弾劾でも説教でも、全て引き受けるつもりだったんだ。だがガヴィたちにしろ、准将にしろ、ほとんど確信犯的に、足を踏み入れて来てしまった。それも、今更引き返せないところまで。もはや開き直って、利用させて貰うほかないと言う訳だ。過剰の謝意は不要だと言ったのも、そういう事だよ、准将。決して、俺が聖人君子だからという訳じゃない」


『閣下……』


「とんでもない上官を持ったと思っても、手遅れだ。抗議は()()()()()に頼むよ。何ならガヴィ達に言っていた『超過勤務手当』とやらも、俺が引き受けるから」


『……了解しました』


 一瞬だけ、天樹の言葉をかみしめるように目を閉じた後、カーウィンは諦めにも似た溜め息をついた。


『ガヴィ達の件は、昨日も言いましたが、本人達が好んで首を突っ込んだ事ですから、閣下が彼らを甘やかす必要はありません。それからお尋ねの件については、四年前の〝ダヌヴィスの内乱〟で、軍警察側の担当だった女性がいたでしょう。確かヘレンズ少佐と、言ったかと思いますが。私が言えるのは、その程度です。一度グリースデイド大佐にも聞いてみますか?』


 四年前と言われて、記憶の奥底を探るように、天樹が小首を傾げた。


 ――確か軍の士官学校の校長が、突然何者かに射殺されたとして、軍内部はおろかマスコミをも騒がせていたのが、その頃の筈だ。


 その校長が、ウィリアム・クレイトン現大将の元上官であったために、内密の調査を命じられた天樹と、当時そこで教鞭をとっていたがために、一時は容疑者とまでされたカーウィンとがそこにはいたのだが、当時はお互いの顔さえも知らず、その時士官学校生だったガヴィエラとキールとを通じて、情報の交換だけを、二人は何度か行っていた。


 事件は結局、軍の情報局、宇宙局、そして士官学校をも巻き込んだ、一大内乱にまで発展し、解決に少なからず尽力したカーウィンは宇宙局へと復帰し、天樹も軍内部での地歩を固める事になったのだが、その時、彼らの得た情報をまとめ、実際に関係者を逮捕・失脚に追いこんだのが、軍警察のジュリー・ヘレンズ少佐ではなかったか。


「言われてみれば、俺も何度か話はしているな…いや、ありがとう。とりあえず、今も少佐かどうか分からないが、コンタクトをとってみる事にするよ。それでもダメなら、その時、グリースデイド大佐に聞くとしようか」


『……閣下……』


「准将?」


『私が確信犯でガルシア大将を挑発したのだとしても…お責めにはならないのですか』


 意外というよりは、天樹の内心を理解しかねたのか、複雑な表情を見せたカーウィンに、天樹は微笑(わら)って、片手を振った。


「この3日間、俺の頼んだ通りに、()()()()

()していてくれなかったら、その時に責めさせて貰うよ。それで何か問題でも?」


『……いえ』

「あとは任せた」

『……はっ』


 カーウィンは深々と一礼し、TV電話(ヴィジフォン)は、そこで途切れた。


 困った性格だな、と呟いた天樹に、ダイニングの方から、貴子が笑いながら顔を見せた。


「あら、あなたにそんな事が言えて?」

「貴子さん……」


「話が少し聞こえたんだけど、それでその、あなたの言っていた『お客さん』は、いつ、ここへ?人数によっては、買出しも必要だと思うんだけれど。寝具の数も圧倒的に足りないし」


「いえ、それは大丈夫です。夕方以降に来るように言っておきましたから、その間に必要なものは、自分たちで用意しますよ。と言うより、そうでなくてはここに入らせません」


 貴子を安心させるように、微笑を浮かべた天樹は、静かにTV電話(ヴィジフォン)の側から離れると、再び水杜の部屋へと引き返した。


 ただし部屋に入る頃には、既に笑顔は消えている。


「軍警察、ヘレンズ少佐か……」


 念の為、いったん自分の官舎の端末を経由させてから、軍警察の士官リストを引き出した天樹は、問題の〝ダヌヴィスの内乱〟の功労者ジュリー・ヘレンズ少佐が、現在は大佐となり、軍警察フィオルティ支局の支局長として、勤務している事をここで知ったのである。


「フィオルティ支局長……!」


 パソコン画面に視線を固定させたまま、天樹は思わず、声をあげた。


 軍警察、保安情報部、双方のブラックリストに、常に挙げられている“使徒(ディシス)”の活動拠点は、まさにこのフィオルティなのだ。


 かねてより懸案の地と言われた都市ではあるが、恐らくは軍警察の出世頭と思われるヘレンズをその地に配している事が、軍幹部の期待の表れなのか、失脚を狙ったが故のものなのかは、すぐさま判断がつかなかった。


 ともかく、コンタクトをとるよりないだろうと、天樹はいったんコンピュータの接続を切断して、電話をかけるべく、携帯電話を手にしたのだが、それはふいのメール到着音によって、遮られた。


「……マーリィ」


 正直、天樹はマーリィに埋め込ませたネットワークウィルスに、それほどの期待をかけていた訳ではない。


【G―ラインにて、天樹さまの現在位置及び現状が、幾度となく検索されています】 


 したがって、実際にマーリィからのメールが返ってきた時、天樹は少なからず面食らってしまったのである。


「カーウィンか……」


 文面は、マーシャン・テミス・ガルシア大将のアクセス権を使った回線を指す隠語でああり、天樹の現在位置をしきりと気にする理由が、カーウィンの嘘と圧力によるものからだろうという事は、すぐに想像がついた。


 そして結果的に、その焦りが、過去のアクセス権の洗い出しではなく、生きたネットワークの検索を可能にした事も、である。


 データを追う側の作業としては、明らかに後者の方が早く、目的も果たしやすい。


 天樹自身の意地と誇りに賭けても、ここから“使徒(ディシス)”本体のネットワークにまで辿り着く必要があると、彼は気持ちを入れ直した。


 ヘレンズへの連絡は後回しにして、天樹は再びコンピュータ回線を再接続すると、早速問題のラインの、現在までの発信源、送信先双方の洗い出しにとりかかった。


 ――全ての「点」を「線」に繋げるために。

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