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虚空のシンフォニア――序奏・黎明の迷宮――  作者: 渡邊 香梨
第六章 疑惑の聖域
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カーウィンSide2:追跡1日目(13)

「つまりあいつらは、閣下が“アステル法”の適用を、確かに考えていて、なおかつそれを阻止しようとする輩が出ると危惧したが為に、我々からも閣下を隔離した、と?」


 あるいは、と答えるカーウィンに、グリースデイドは思い切り顔をしかめた。


「ったく、あの二人は……我々も信用ならんという訳か?いい度胸だ」

「いや、グリースデイド大佐、それは……」 

「少し、あの二人を甘やかしすぎてやしませんか、准将?」

「――面目ない」


 グリースデイドが、本気で毒づいた訳ではないと分かってはいたが、カーウィン自身にも、甘やかしている自覚はあるため、そこに関しては反論のしようがない。


 硬い笑いを返すより他なかった。


「まあ、今そういう話をしてる場合でもないでしょうが……それで我々は、噂のアステル法諮問会まで、そ知らぬフリを決め込んでいろと、そういう話ですか?」


「だとしたら?」

「従える筈もない」

「大佐………」


「無論、()()すべき理由があるというのなら、話は別ですがね」

「――――」


 カーウィンとグリースデイドの視線が、瞬間、交錯する。

 ハインツァーは相変わらず無言で、この場の成り行きを見守っていた。


「我々は閣下を失う訳にはいかない。それでは、不十分だと?」


「私が聞いているのは、そんな当たりまえの事じゃなく、それが今回手を出さずにいろという事と、どう関係があるのかという事でね」


「我々は…閣下の命はもちろんの事、閣下が()()()()()()()という事も、守らなければならないから――だな、敢えて言うなら」


「と、言うと?」


「私や貴官が動くのは、一士官が動くのと訳が違う。どうしても、軍内部での騒ぎは大きくなる。デュカキス大佐の件とて記憶に新しい。本多少将は、自らの艦隊も御せないのかと言われれば、貴官はどう言葉を返す?」


「……っ」


 グリースデイドが、まともに言葉に詰まったが、なおもカーウィンは続けた。

    

「正直、この艦隊は、本多少将抜きでは成り立たない。それはこの艦隊に所属する全員が分かっている事だ。……守らなければならないものは、果たして閣下の『命』だけだと思うか?グリースデイド大佐、ハインツァー中佐」


「……分かりました」


 その時、そう言葉を続けたのは、意外にもハインツァーの方であった。

 驚いたように、グリースデイドが視線の矛先を、ハインツァーに向けている。


「他にも注意しておくべき事があれば、承りますが、准将」


「あ、ああ。ともかくも、変に閣下の病状や“アステル法”に関する事を知りたがる士官や兵士に注意してほしい。リーン、レインバーグ両少佐の思い過ごしでなく、閣下の周辺が危ういのであれば、我々、第九艦隊の人間よりも“アステル法”を知る人物がいる事になり、話はぞっとしない事態(こと)になる」


「情報の漏洩……と、おっしゃった件ですか」


「閣下の身の安全は、あの二人がいる限りは脅かされる事もないだろう。それよりも我々は今後のために、そちらを突き詰めるべきだとは思わないか、中佐?」


「……妥当性を感じます」


 カーウィンとグリースデイドの、ちょうど中間の年齢に位置する、美貌の青年士官は、低くそう呟いた。


 たまりかねたグリースデイドが口を開きかけたその時、その声はけたたましく鳴り響いた内線電話によって、遮られた。


「――――」 


 一瞬だけ、三人は顔を見合わせたものの、部屋の本来の主であるカーウィンが、静かに立ち上がって電話をとった。

『閣下』 


 声の主は、現在本多天樹のオフィスにいる筈の、副官ゲイリー・バークレー大尉だった。


『火急につき、用件のみで失礼します』 

「何があった」 

『今、こちらのオフィスを出て、ガルシア副局長がそちらへ向かわれました』 

「何……?」


『申し訳ありません。本多少将にお会いになられたいと、こちらへ来られたのですが、()()()()()の旨、ご説明申し上げたところ、どうしても詳細をお伺いしたいと、そちらへ――』


「……分かった」


 入院先はおろか、病名さえまともに考えていなかったが、手遅れである。


 カーウィンのオフィスと、本多天樹のオフィスとに、さほどの距離はない。


 グリースデイドやハインツァーさえ立ち去れないうちに、問題の人物は、カーウィンのオフィスへとやって来てしまった。


「本多少将が、原因不明の病で入院したというのは本当かね、カーウィン准将?」


 ややこけた頬と、黒い丸縁眼鏡。口もとの髭だけでは、神経質そうな雰囲気を消しきれていない。


 この壮年の男性こそ、間違う事なき現宇宙局副局長、マーシャン・テミス・ガ

ルシア大将その人だった。


「正確には検査入院です、大将閣下。明後日までには出ていらっしゃいます』


 慌てて立ちあがって、敬礼を施しながら、グリースデイドとハインツァーが、ぎょっとしたような視線をカーウィンへと投げた。


 その平然とした応対ぶりに、さぞや驚いたに違いない。


「そ、そうか。軍病院の方からは、そう言った話は聞こえてきていなかったものだからな。驚いて来てしまったんだ、許せ」


「既に閣下は()()()()()に、()()()にいらっしゃると、聞いております。大将閣下にお知らせする程の事でもないと、病院側も判断したのでしょう。お心遣い、恐縮です。閣下によくお伝えしておきます」

 

「う、うむ」


「その間の公務につきましては、これから我々三人でフォローにあたります。大将閣下におかれましても、どうぞ騒ぎを大きくしないでいただけましたら幸いです」


「…………」


 慇懃無礼、とはまさにこの事であり、唖然とするグリースデイドとハインツァーを横目に、不承不承、ガルシアも引き下がっていった。

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