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虚空のシンフォニア――序奏・黎明の迷宮――  作者: 渡邊 香梨
第六章 疑惑の聖域
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カーウィンSide1:追跡1日目(12)

 本多天樹が()()した、とリカルド・カーウィンが告げた時、オフィスには真っ暗な沈黙が漂った。


 だがさすがに、幾多の戦いをくぐり抜けた佐官級士官だけあって、副官バークレーとは、対応(リアクション)が違う。 


 どちらかと言えば、猜疑心も(あらわ)な目でカーウィンを見返した、と言った方が正しかった。


「……“アステル法”の騒ぎを避けるために、諮問会まで行方をくらます事にした、と少なくとも我々には、正直におっしゃっていただものですが、カーウィン准将?」


 第九艦隊の分艦隊司令官、ジャック・グリースデイド大佐は、幕僚の中では最年長の38歳だが、特殊工作部隊出身で鍛えあげられた肉体を誇る、190cm越えの長身の偉丈夫だ。カーウィンとは異なる威圧感を、その身に纏わせている士官だった。


 今日(こんにち)〝サン・クレメンテの戦い〟と呼ばれる一年前の戦争で、彼は大破しかかった副司令官の旗艦から、自らと乗員を退艦させるために、金星軍の軍艦を強奪するという離れ技をやってのけた、伝説の士官でもある。


 いったんは、地球軍の僚艦〝シュテルン〟に味方として収容されたその旗艦は、その後〝シュテルン〟の深刻な被弾で、再びの金星軍軍艦への乗艦を余儀なくされ、結局そのまま地球へと帰還した話は、第九艦隊の内部に留まらず、有名な話であった。


「なるほど貴官の知る閣下が、そのような性格の方であったのなら――」


 呟きながら、カーウィンは自分の迂闊さに舌打ちをしていた。


 まったく、最初からそう言うことにしておけば良かったのである。いらぬ小細工を弄しすぎたと言うべきであった。


「……准将」


 案の定、グリースデイドはその言葉じりを聞きとがめて、険しい顔つきを見せたのだが、カーウィンはしばらく無言で、天井を見上げていた。


 ある意味、本多天樹個人への傾倒度だけをとらえれば、グリースデイドは第九艦隊内部でも筆頭と言っていい存在である。


 当時、第九艦隊の分艦隊司令官として〝シュテルン〟を指揮していたのは本多天樹であり、司令官を失い、副司令官の裏切りにあい、なおかつ〝シュテルン〟を失いながらも、味方艦のために、最後尾を引き受けた天樹に傾倒しない者は、〝シュテルン〟関係者の中にはいなかったのである。


 今起こりつつある、事態(こと)の裏側を知れば、彼が部下を引き連れて、猛進してしまう可能性は相当に高い。


 ガヴィエラ・リーンに、キール・ドワイト・レインバーグが付いたように、このグリースデイドへの緩衝役を、どうやらカーウィンは 引き受けねばならないようであった。


「貴官は……今回の“アステル法”の話をどう思っている、そもそも?」


 直接グリースデイドの質問に答える事はせず、逆にカーウィンは一つの問いかけをした。とっさに意味をはかりかねたグリースデイドが、眉をひそめる。


「別に何も。私はただ、閣下を死なせないように、動くのみなんでね」

「ハインツァー中佐は?」


 それまで無言で事態の成り行きを見守っていた、レオンハルト・ハインツァー中佐が、そこで初めて顔を上げた。


 立体TV(ソリヴィジョン)の俳優も、裸足で逃げ出すと言われるほどの美貌の持ち主だが、その口数は、艦隊内でも指折りと言えるほど、少ない。


 こちらから話し掛けない限りは、自分から口を開く事が少ない青年だったが、一年前の戦いで、グリースデイドと同じ艦に乗り合わせ、唯一生き残った航法士官として、初見の金星軍の(ふね)を動かしてのけたのは彼であり、それもまた艦隊内では有名な話であった。


 今では押しも押されぬ、第九艦隊の新旗艦〝アビタシオン〟の艦長である。 


「私は……私の仕事をするだけです」


 表情を消したまま、ハインツァーはそれだけを答える。


 一見、不遜とも取れる答え方をした二人ではあったが、カーウィンとしては、今は彼らがどの程度“アステル法”に関心があるのかという事が最も重要であったがために、さほど発言の内容自体については、注意を払わなかった。


「その仰りようからすると、やっぱり、閣下は噂通り“アステル法”を使って、()()()()()()()()()をなさるおつもりだ……と」


 探るようなグリースデイドの視線に、カーウィンが、はっと視線を二人に戻す。

(そうだ、もともと“アステル法”に関しては、佐官級の人間が知りえる話じゃない。だとすれば、これは第九艦隊内部と言うよりは)

「准将?」

「――二人とも、よく聞いてほしいんだが」


 ふいに、ある事を思いついたカーウィンは、表情を改めて、二人の幕僚の顔を見つめた。


「実は私は、閣下の()()()を知らない」

「……なっ」

「――――」


 思いきっての「告白」と取れる、カーウィンの話に、二人の顔に驚きの色が広がった。


「情報を入れてきたのは、リーン、レインバーグ両少佐だ。何分、デュカキス大佐の件以降、情報漏洩と閣下の身の安全に、やっきになっている二人は、その先を私にも教えようとしない。恐らくは、噂のアステル法諮問会まで、そのままにしておくつもりなんだろう」


「あの……バカ共……」


 呆れたような呟きを漏らしたのは、グリースデイドだった。


 ハインツァーは、無言でカーウィンを見つめていたが、心境はグリースデイトと大差なかっただろう。


 ガヴィエラやキールと、本多天樹の私生活での交流ぶりは、グリースデイドらも充分に承知している。


 真実と虚構の入り混じるカーウィンの言葉を、特に不審に思う事はなかった。

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