ガヴィSide2:追跡1日目(11)
本多天樹と、ステュアート・マーリィの手際を見ていただけで、あっさりとシストール社のネットワークに入り込んでしまえるのだから、実際、ガヴィエラの腕は大したものだと言える。
「とりあえず、朝一番の駅のゲートオープンの時間以降、始発便までの画像を順に出していってくれ。特にプラットホーム付近の画像を中心に出せるか?」
「はいはい、ちょーっと、待ってね……」
数秒後、画面の左半分が、駅の構内を映し出す画像へと変化する。
時刻は、朝の4時58分。映っているのは、ゲートオープンに向かう改札員と、列車の整備士だけだ。
「じゃ、再生始めるよ?」
「ああ」
画面の右半分を埋め尽くすプログラム式には、敢えて見ないふりを決め込んで、キールは画面の左半分に意識を集中させた。
「でも変装とかされてたりしたら、ちょっとやっかいじゃない?」
「そりゃ、するだろう。必要最低限の事くらいは」
「えっ、それじゃ……」
「俺を誰だと思ってるんだ、おまえは」
二人ともが、それぞれの画面を見つめたまま、それでも、会話を成り立たせている。
「始発列車は何時だったんだ?」
「確か、5時37分」
「ナイキー行きだな?」
「そう。7番ホームからの発車」
「個室のある号車は?」
「1号車がスイート、2号車が1等個室、3号車が2等個室」
「分かった」
――それからしばらく、二人は無言だった。
いくらシストール社のウィルスという要素が加わったとは言え、軍の情報局のシステムともなれば、この地球上で最もセキュリティは強固だ。
追跡システムを押さえつつ、侵入を図ろうとするガヴィエラの表情からも、余裕は窺えない。
「………ガヴィ、待て」
どのくらいたっただろうか。ふいにキールが、ガヴィエラの肩に手を置いた。
追跡システムを牽制するプログラムの補強に、ほとんど意識を奪われていたガヴィエラが、ハッと顔をあげる。
「A―2と3の画像をズームして、画像時間をもう一度、5時25分まで戻してくれないか」
「あっ、えっ……うん」
「……A―3を、5時27分32秒で止めてくれ」
「わわ…っ、ちょっと待って」
キールの話し方は、全く唐突なものだったが、とりあえずガヴィエラは、言われた通りの画面を、大きくクローズアップさせた。
静止したその画面を、しばらく見つめていたキールが、やがて左手を軽く持ち上げて、画面の一点をガヴィエラに指差して見せる。
「………これだ」
「えっ?」
そう多くはない人ごみの中、映っているのは、一見すると秘書のように見える、紺のスーツに眼鏡姿の青年と、その青年に、車椅子で押されている、長い黒髪の女性だった。
「ええっ?」
「本意でそこにいるんじゃない相手を連れ回すのには、限界がある。何らかの方法で、行動の自由を奪う必要もあるし、かといって、そのままでは、どこにも逃げられない。だが見ろ、これならこのご時世、珍しい光景ではないし、座席にしろホテルにしろ、優先的な扱いを受ける事だって出来る。このアルシオーネ・ディシスって男、なかなかどうして…」
そう言って、キールが軽く指で弾く画面の先を、ガヴィエラは凝視した。
今朝方の検問画像に映っていた男と、同一人物だとは、ガヴィエラには、にわかに認識しにくい。
そもそも若宮水杜の髪は、ここまで長くない。
「間違いない、これだ」
だがキールは、断定的だった。
「ガヴィ、ここはもういい。次はこの列車の到着時間に合わせたナイキー駅の画像と、この車椅子の二人連れの行動を追うんだ。俺たちよりも遥かに早くここに着いている事を思えば、既にこの地からは離れている可能性が高いんだけどな……」
「え…あっ、うん」
半信半疑のガヴィエラの手の動きに合わせて、画面は再びぶつりと切り替わった。
この列車がナイキー駅に到着する、午前9時13分ともなれば、駅は通勤客や観光客で溢れかえっている。
だがここでもキールは早々に、この人ごみの画像の中から、問題の二人をすくい上げた。
次々とカメラの画像が切り替わり、最後に映ったのは――公用車の乗り場の前だった。
「あっ、車……!」
「ナンバーをズームしろ、ガヴィ」
短く声をあげたガヴィエラを遮って、キールは素早く、映し出された公用車のナンバーを頭に叩き込んだ。
この状況下では、一枚のメモとて無用な誤解を招きかねないのだ。
キールが諳んじたナンバーを入力したところで、再度画面は切り替わり、衛星システムがしばらくの沈黙の後、車の現在位置を画面に映し出した。
「……今もこの車に乗ってるとは限らないよね。って言うか、十中八九、下りてるよね」
「追うのなら、この車が午前9時30分以降、どういう道を走って、最初にどこに停まったかじゃないか?」
「……そっか」
もはや完全にキールのペースで、検索は続けらている。
やがて再びの沈黙の後、画面は一つの都市名を、そこに映し出した。
キールとガヴィエラが、思わずと言った態で、異口同音にそれを読み上げる。
「カルヴァン………」
それぞれの声に反応した二人は、弾かれたように顔を見合わせた。
「えっ、じゃあやっぱ、この二人って、そうなんだ?」
「姿形を変えたところで、目や本人の持つ雰囲気はそう変わらない。ちょっと画像に修正をかければ、本人そのものに戻る筈だ」
「へぇー……」
「それよりガヴィ、この公用車の『支払い』はどうなってる?誰のクレジットカードが使われたんだ?」
キールの一言に、慌ててガヴィエラがコンコンピュータ画面に向き直った。
アルシオーネ・ディシス、もしくは若宮水杜のカードでも使われていれば、それは変装の信憑性よりも、雄弁な「物証」だ。
「………あれ?」
だがしかし、検索の途中でガヴィエラは、らしくもなく、躊躇したようにその手を止めてしまった。
「ガヴィ?」
「カード所有者モーガン・ハミルトン?何、これ偽造?」
「馬鹿な。今の技術では、偽造カードはほぼ100%見破られる。誰かから盗んだか…いやそれでも、盗難届が出れば、そこで終わりだ。待てよ?その名前どこかで……」
口もとに手をあてて、キールが考えこんでいる間に、ガヴィエラは再び画面に視線を戻して、シストール社のネットワークからログアウトをした。
これ以上のアクセスは危険であり、必要な情報は一通り得たとの、彼女なりの判断でもあった。
確かに、その名前には聞き覚えがあったが、やりかけの操作を中断して、一緒に思い出そうとしても、非効率的なため、敢えてキールが思い出そうとするのに、委ねた。
「……そうだ、第四艦隊だ……」
「え?」
「この前の〝ホースガーズの戦い〟で、デュカキス大佐が臨時の参謀として招かれていた、第四艦隊の司令官が確か、そんな名前だ……」
「……えっ⁉」
思わず素っ頓狂な声をあげたガヴィエラは、今度は自分の官舎のパソコンを経由して、軍の総務局のサイトに、アクセスを試みた。
こちらは、基本的には正規の作業であり、サイトの閲覧許可は、所属軍人の全てに下りている、危険の少ない検索だ。
やがて間をおかず、現在の地球軍宇宙局・作戦部所属の艦隊幕僚達のリストが、画面に映し出された。
「あったぞ、これだ」
「モーガン・ハミルトン……中将?」
中将、と言いかけたあたりで、さすがのガヴィエラの声も震えた。
「偶然の一致――じゃ、ないだろうな」
答えるキールの声も硬い。
「まいったな…先輩が、俺たちを関わらせまいとする筈だよ。どこまで分かっていたのかはともかく、確かに一軍人が、中途半端に首を突っ込んで良い話じゃないぞ、これ」
「……これ、そのまま報告したら、今すぐ手を引けとか言われるよ、絶対。どうする?」
「………」
返事の代わりに、おもむろに立ち上がったキールは、備えつけの冷蔵庫を開けると、缶ビールを二本取り出して、一本をガヴィエラへと手渡した。
「これ飲んで、ちょっと待ってろ。――考える」
――長い夜になりそうな予感がした。