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虚空のシンフォニア――序奏・黎明の迷宮――  作者: 渡邊 香梨
第六章 疑惑の聖域
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ガヴィSide1:追跡1日目(10)

 世界でも屈指の規模の湖と、特徴的な気候風土から、広大なワイナリーが広がる事で知られるカルヴァン地区には、空港がない。


 コーデル州でも、アルファードやフィオルティに次ぐ、経済地区と言われるナイキー地区から、一時間ほどの距離を車で移動するのが、一般的と言うよりは唯一の方法であった。


 風光明媚なその景勝を維持するため、今後もその姿勢は変わらないだろうと言われている。


「着いたね、とりあえず」 


 傾きつつある陽の光を受けて、わずらわしそうに眉をひそめながら、ガヴィエラが、数歩遅れて到着ゲートを出てきたキールを振り返った。


「そうだな」 


 答えたキールの手には「ヨロシク」の一言で押し付けられたガヴィエラの鞄も、しっかりとある。


「どうする?カルヴァンまで行っちゃう?」


「いや……俺たちと違って、二人が間違いなく列車でこのナイキーに着いたという確証が必要だな。それで新たに、車を乗るか借りるかでもしていてくれれば、なお有難いんだけどな」


 限られた日数の中では、確率を頼りに動く危険はギリギリまで冒したくない。

 その示唆を、ガヴィエラもすぐさま理解した。


 ――今朝と同じサイトにアクセスして、新たな映像を検索しろという事だ。


「了解です。そのお役目、謹んで承ります」


 冬が近いだけあって、この地区の日暮れは早い。


 空港に併設された駐車場へと向かった二人は、公共車用の駐車スペースから適当な車を選択すると、荷物を後部座席に放り込んで、車に乗り込んだ。


 車の形は様々だが、実は型としては、自家用車と公用車の2種類しか、区別がない。


所有者の運転免許証を、所定の位置にセットする事で動くのが自家用車であり、運転免許証の代わりに、クレジットカードや身分証を差し込む事で動くのが公用車である。


 本多天樹から手渡されたクレジットカードを差し込んだ所で、無事エンジンはかかって、その公用車は静かに動き出した。


「いいのかなぁ…こんなお手軽に、本多先輩のカード使っちゃって」

「素晴らしく、今更な質問だな、ガヴィ」


 助手席のシートに背中を預けて呟くガヴィエラに、行き先をとりあえず地区の中心部にセットしながら、キールは笑った。


「だって飛行機代払うのにも使ったでしょ、このカード?で、明日以降の車の移動にだって、使うつもりでしょう?ちょっと罪悪感を感じたりなんかして……」

 

「心配しなくても、これは本多先輩個人のカードじゃない。こちらの追跡を、うかつに悟られないようにと、シストール社の社員共通カードを先輩が借りてるんだ。ネットワーク上の俺たちは、現在出張中のシストール社員になっている」


「へえ……って、それはそれで、マズくないの?」


「先輩の危惧する『情報漏洩犯』の中に、一人でもギルティエ社の人間がいれば、どうなると思う?加えて、軍の今後の取引に、シストール社が参入する事にでもなってみろ、俺たちが使ったカード代くらい『必要経費』に早代わりだ。気にする事はない」


「………本当(マジで)?」


 大胆さと悪辣さの隙間にあるかのような話で、複雑な表情を見せたガヴィエラに、同感だとばかりにキールも笑った。


 朝方、着替えを済ませたキールの宿舎に、「忘れ物」だと言って届けられたこのカードには一言〝心配無用〟とだけ書かれていた。


 それが、このカードによって他人の追跡の目をくらます事と、キール達二人についての「経費」の事と、両方を指しているのだと、想像する事は難しくなかった。


 そしてガヴィエラ同様、天樹自身とシストール社との間に、抜き差しならない「貸し借り」が生じる事を、キールも危惧したのだが、この一言が、実はその事さえも含んでいるのだと、すぐに彼は気が付いたのである。


 本多天樹は、金銭を受け取る訳ではない。


 決定的な情報さえ得てしまえば、全てそれはシストール社からの売り込み材料として、堂々と外部に主張出来る。


(あの人は………)


 自分のやる事に、常に意味があると思うのは間違いだ、と口癖のように天樹は言うが、ここまで言行不一致な人物も珍しい。


「ある意味天才だよね、先輩も」


 キールの胸中を知ってかしらずか、ガヴィエラがぽつりと呟いた。


「一つの情報から、三つも四つも活かし方を考えつく人って、そうはいないもん。単に知識があるってだけで片付く話じゃないよね、これって」


「まぁ、俺でも二つくらいが限度だしな」


「はいはい、そーですね」


「………」


「そ、それより、ホテル予約しなきゃ。公用車のナビゲーションシステムって、ホテルの斡旋もやってたよね?それで適当に探す?」


「………そうだな。俺が探すよ」


 冷ややかに呟いて、カーナビに手を伸ばすキールに、ガヴィエラが思わず身体をこわばらせた。


()()()()()()()()()、で、良いよな、もちろん?どうやら天才()()()()らしい俺としては、独りで泊まるなんて不安で仕方がないよ」


「………っ!」


 適当に受け流したつもりが、地雷を踏んでいたらしい。

 口をぱくぱくとさせながら、反論を探すガヴィエラをじっと見ていたキールは――途中から笑いをこらえている。


「………い」

「聞こえないな。なんだって?」 


「すみません、キールも充分エライですっ。天才です!だからシングル2部屋予約して下さいっ!」


「つれないな。俺は1部屋でも全然構わないのに」


 たまりかねたように笑いながらも、どこか残念そうな気持を表情に残して、キールは車のナビゲーションパネルを開いて、ビジネス向け設備の完備された、なるべく大きな規模のホテルのいくつかを、検索した。


 なまじホテルの規模が小さばかりに、自分たちが目についてしまうというのも、いただけないからだ。


 短い思案の末に、キールは「レストローズ」という名の街中のホテルを()()()予約した。


 他州からの団体旅行客も多く、フロント職員らが、一人一人を覚えている可能性が低いと思えたのである。


 チェックインを済ませたキールは、とりあえず、荷物だけを部屋に放り込んで、隣りのガヴィエラの部屋をノックした。


 中に入ると、荷ほどきもそこそこに、持参のノート型パソコンを立ち上げようとしていた様子が窺える。


「携帯電話を使えよ、ガヴィ。軍内部やシストール社に比べると、ここのネットワーク回線の保護システムは、それほど万全じゃない」


「ん」


 短く答えたガヴィエラは、専用の接続コードも、鞄から引っ張り出した。

 彼女の荷物は、これが幅をきかせていたのだ。


「モルガンの駅の防犯システムでしょう?……まいったな、どこからアクセスすればいいんだろう。ね、キール?」


「表向き、シストール社の社員である以上、今朝と同じイントラを使わせて貰うより他ないだろう。あの時、マーリィ部長が即席で作り上げたウィルスだって、まだ生きているんじゃないか?」


「……あ、そっか」


 キールの言葉を途中まで聞いたところで、ガヴィエラの手は、既に驚くべき速さでキイボードの上を滑っていた。


「画面分割するからさ、画像の方はキールが追ってほしいな。その間に、あの技術部長さんに迷惑がかからないよう、追跡ウィルスに手を加えておきたいし」


「いいけど三倍速の再生とか言うなよ、ガヴィ?俺は化け物じゃない」


「………一・五倍とか?」


 存外真面目な顔で呟きながら、ガヴィエラは、モルガン駅のセキュリティモニター画像システムに、アクセスを開始した。

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