カーウィンSide2:追跡1日目(9)
「確かに、あの二人はとうに閣下の異常を察知している。デュカキス大佐の事もあるからな、ここぞとばかりに閣下の命を狙ったり、追い落としを謀ったりするような輩が出て来ては困ると、朝からずっと閣下に付いたっきりなんだ」
「――――」
「おまえは、これをどうエノー大尉達に説明すべきだと思う、バークレー?」
今度こそ、バークレーは絶句している。
口もとの笑みを消したカーウィンは、手もとの書類を丸めて、そして握りしめた。
「本当なら、閣下の不在は隠し通したいところだが、どうも我が軍の情報管理には、小さからざる『穴』が開いている。この機につけ込まれる可能性を否定できない。ギブソンにしろ、エノーにしろ、ランドールにしろ、どこまで正直に説明していいものやら……」
ここでもカーウィンは、話題の焦点を巧妙にすりかえていた。
本多天樹の真の不在理由が、カーウィンの推測通りであるならば、非公開情報が、どこかに漏れた事になるのである。
それは不在理由そのものよりも、よほど深刻味を帯びているため、どうしても意識はそちらへと向いてしまう。無用の危惧と片付しまうには、デュカキス大佐戦死の影響は、彼らには大きすぎた。
「この際、リーン少佐とレインバーグ少佐の不在理由は、我々で作り上げる…と言うのはいかがですか?」
そしてバークレーも、カーウィンの思惑通り、本多天樹の不在理由に関する不自然な部分からは、意識を逸らされた恰好で、表向きの情報漏洩を危惧して見せるカーウィンに、彼自身の提案を持ちかけた。
「私同様、エノー、ランドール両大尉は、直属上官の不利になるような行動は決してとらない筈です。本多少将への忠誠心篤い、ギブソン少年も、またしかりだと思います。大まかな経緯を知っていてこそ、不測の事態にも対処出来るでしょうし……というより、閣下はその『事態』が起こる事を危惧しておられるのでしょう?だとしたら、少なくとも両大尉には、事の経緯を知らせておくべきなのではないでしょうか」
「経緯、か……」
「もちろん、私を信頼してお話し下さった範囲内で――という意味です。先刻より、差し出た事を申し上げているのは、充分に承知しています」
「いや。常々、副官の分を越える要求をしているのは私だ。差し出た事とは思わないが、そうだな……両大尉にも、今と同じ話はしておくとしようか。ギブソンには、閣下の件だけで充分だろう」
「分かりました。では私が、ギブソンの所へ行って、仕事の割振りを含めた話を詰めて参ります。閣下はこちらで、両大尉と打ち合わせをなさって下さい」
「……そうしてもらおうか」
一瞬の思案の後、まさか盗聴器まで仕掛けられている事はあるまい、と思い直したカーウィンは、バークレーが本多天樹のオフィスへ向かう事に許可を与えた。
「待て、バークレー。その前に、だ……」
一部の少佐や大尉が知るものを、大佐や中佐クラスの士官が全く知らなかったとなれば、後々の組織運営上、支障をきたす恐れもあると、その時カーウィンは気が付いた。
友人関係を楯に、押し通せる論理はたかが知れている。
デュカキス大佐亡き後、主任参謀は現在空席のため、事実上の艦内NO・3となった、分艦隊司令官ジャック・グリースデイド大佐、及び第九艦隊の旗艦〝アビタシオン〟艦長レオンハルト・ハインツァー中佐、そして特殊工作部隊の隊長ギュンター・マーテル少佐。
常に幕僚会議に顔を出す人物の中で、少なくともこの3人には、事の経緯は知らせておく必要はあると、カーウィンは判断した。
たとえ、バークレーに対するそれと同じ内容の、真実をやや伏せた経緯であっても、である。
「まとめて呼ぶのは噂の元だな……」
呟いたカーウィンは、まずグリースデイドとハインツァーを呼んで、機密情報の漏洩に関する部分を中心に話を進めた後で、マーテル、エノー、ランドールの3人を呼んで、バークレーの言うところの「不測の事態」が起きた際の対応を、打ち合わせようと決めた。
端末を立ち上げて、あっと言う間に今日の予定を組みなおしたバークレーは、難なくグリースデイドらとの「打ち合わせ」時間をもひねり出して、自らは本多天樹のオフィスへと、駆けて行った。
きびきびと動く、優秀な副官を見送って、カーウィンは深く息をついた
この第九艦隊は、もともとがウィリアム・クレイトン大将の部下であった、司狼・ファイザード少将が率いていた艦隊だったのだが、およそ一年前、全体の戦闘としては、地球軍の勝利であったにも関わらず、彼自身と幕僚のほとんどが戦死してしまったために、その空席を埋めたのは、当時の戦いに生き残った者たちが多かった。
ジャック・グリースデイド大佐とレオンハルト・ハインツァー中佐も、その戦場で、本多天樹と共に崩れかけた艦隊を立て直した、言わば僚も言うべき二人なのである。
その容貌と戦場での果敢さから「白銀の狼」と、周囲には賞されるカーウィンだが、殊、第九艦隊の副司令官として転属してからは、まだ日も浅い。
戦傷の完治で、宇宙局の計画部から復帰してきたロバート・デュカキス大佐とは、奇妙な部外者意識の一致から、艦内での地歩固めに、共に奔走してきた。ガヴィエラやキールを除けば、真っ先に相談を持ちかけるべき相手であったのだが、今やそうもいかない。
現上官である本多天樹が、ガヴィエラとキールの影響があるにせよ、まず自分に現状を明かしてくれた事を、ただ好ましく思っている訳にはいかない。彼は自分と、グリースデイドやハインツァーとの間の微妙な「溝」を充分に承知していて、この機会にそれを埋めさせようとしている、とも察したからである。
「だが、行き当たりばったりで彼らの出方を見るより他ないとはな……全く、私の範疇ではないんだ、こういうやりとりは」
備え付けの時計を見上げながら、カーウィンはもう一度深く、息を吐き出した。
波乱の3日間は、まだ始まったばかりだった。




