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虚空のシンフォニア――序奏・黎明の迷宮――  作者: 渡邊 香梨
第五章 軌跡
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カーウィンSide1:追跡1日目(8)

 その日、准将として第九艦隊の副司令官職にあるリカルド・カーウィンは、いつもより一時間も早く、軍の統帥本部に顔を見せた。


 副官であるゲイリー・バークレー大尉は、常にカーウィンの30分前を目安にやって来るため、現在オフィスは無人である。


「……さて」


 それでも、本多天樹の仕事を3日分引き受けるとなると、この程度では足りない。だがあまりに早いと、かえって目立ってしまうため、妥協した上での時間配分であった。


 手際良く机の上のファイルから、決裁を延ばせそうな書類や、延期可能な面会人のリストなどを抜き取って、バークレーの机に戻す。

 

 必要なら3日後以降、再び彼がスケジュールに組み入れてくるだろう。


(3日後、か)


 キールやガヴィエラが、突然電話をかけてくるのは、今に始まった事ではないが、そこに本多天樹が同席していたのは、カーウィンにとっては、新鮮な驚きだった。


 艦隊の設立から日も浅く、まだまだ意志の疎通も万全ではない。そんな彼の言う「アクシデント」ともなれば、中身の想像はついた。


 ――4日後は〝アステル法〟の諮問会だ。


 天樹自身に何かあったのか、若宮水杜に何かあったのか…あるいはその両方か。


 反政府組織(レジスタンス)と事を構える結果になるかも知れないと言うのも、口で言うほど穏やかな話ではない。


 書類の取捨選択を繰り返しながら、ふと、カーウィンはそれ以上に深刻だと思われる疑問に気が付き、まさか……と乾いた声を、独り、口から滑り出させた。


「!」


 その瞬間、オフィスのドアが予告もなく開き、無警戒だったカーウィンは、稀有な銀色の髪を揺らし、鋭すぎる視線を、訪問者の方へと叩きつけていた。


「かっ、閣下……っ?」


 まさかカーウィンが早朝より来ているとは思わなかったバークレーは、オフィスへと入るのに、いちいち、了解も確認も取らなかった。心底驚いたように、開いたドアの前から数歩、後ずさってしまった。


「ああ、すまない。構わないから入ってくれ、大尉」

「あの……何かありましたか?急を要する物は、よく確認したつもりだったのですが……」


 殺気に近かった空気に、思わず圧倒された自分を何とか立て直しつつ、バークレーは、ゆっくりと部屋の中へ足を踏み入れた。


「いや、そうじゃない。ウチの閣下――本多少将が……」


 言いかけて、カーウィンはしばらく視線を宙にさまよわせた。

 らしくない上官の躊躇に、バークレーも眉を(ひそ)める。


「バークレー、本多少将のオフィスに連絡して、ギブソン少年をこちらに来させてくれ。彼も、もう来ている頃だろう」


「え……は、はい……」


「本多少将は、()()()()()()()で昏倒、命に別状はないが、3日間の検査入院が必要だそうだから、その間の仕事を全て私に振り替えるよう、そう伝えて貰わねば…な」


「⁉」


 思わず復唱しそこねたバークレーが、カーウィンの横顔を見上げていたが、当の上官は、落ち着き払って、手元の書類数枚に目を通していた。


 どうやら、額面通りに受け取ってはいけないらしいと、そこで察する。 

 

「悪いが私の判断で、書類の取捨選択は全てさせて貰った。それと、変に閣下の『病状』を勘繰る輩が出てくるかも知れないが、全て知らぬ存ぜぬで通すんだ。我々は三日間、余人の倍の労働をしなければならない。瑣末事に付き合ってはいられなからな」


「……承知しました。ではすぐにギブソンを呼んで、仕事の割り振りにかかります。ですが閣下、差し出た事ですが〝アステル法〟の諮問会に関する部分はどうなさいますか?我々では判断しきれない部分もあるかと思いますし、何よりクレイトン大将閣下に事情をご説明して、諮問会の延期をお申し出になられた方が宜しいのではないですか?必要とあれば、書類などは作成いたしますが」


 何とか、心理的動揺からは再建を果たしたバークレーが、実務面に添って、当然と言える疑問を口にする。


 本来なら、その有能さを有難く思わなくてはならないのだが、カーウィンは今回、ともすれば緩みがちになる口元を、書類で覆い隠すのに苦労しなければならなかった。


 ……何しろ本多天樹の「病気」は、今考えついた事だ。


「必要ない。少なくとも、今のところは」


 それだけしか口にしないカーウィンに、ややバークレーは釈然としないようだったが、致し方ない。


 今はまだ、言えないことが多すぎるのだ。


「こう言った『形式』は、馬鹿馬鹿しいが最初が肝心だ。今後足元を見られないためには、閣下とて出て来ざるを得ない。とりあえず我々は、この3日間の事だけを考えればいい」


 巧妙にバークレーの反論を封じておいて、カーウィンは更に、アンリ・エノー、ディック・ランドール両大尉にも連絡をとるように言った。

 

 それは空戦隊における、ガヴィエラとキール直属の部下の名だった。


「そう言えば、リーン少佐もレインバーグ少佐も、今日は顔をお出しになりませんね。このような際、真っ先に駆けつけて来てもおかしくない方々なのに」


「……困ったな」


「はい?」


 手にした書類で、相変わらず口もとを覆い隠したまま、カーウィンが意味ありげな視線を、バークレーへと投げた。

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