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虚空のシンフォニア――序奏・黎明の迷宮――  作者: 渡邊 香梨
第五章 軌跡
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天樹Side1:追跡1日目(6)

「やはり宇宙局か……」


 どのくらいの時間が経過しただろう。


 自らの作業に没頭していた、シストール社の技術部長ステュアート・マーリィが、決して大きくはないが、静かだった空間に響いたその声に、はっと顔を上げた。


「……天樹(タカキ)さま?」

「いや…何でもない。追跡ウィルスは、そろそろ埋め込む事が出来そうか?」

「ご指示いただければ、すぐにでも」


 技術者としての自信をこめて、マーリィは重々しげに言ったつもりだったのだが、天樹からの指示は続かなかった。


 手を止めて、コンピュータ画面を見つめたまま、考え込んでいるようだった。


(三人、だな)


 天樹の着眼点は、機密情報への高位アクセス権を有しながら、わざわざ外部から、幾つかの中継点(アクセスポイント)を通って、情報を引き出した人間のピックアップだった。


 そして機密情報のキーワードは――若宮水杜と、アステル法。


 決して短くはない検索時間の結果、はじき出されてきたのは、9人という人数。そこから、現在本当に外部にいて、アクセスの経路に不自然さのない人間を除外した時、残ったのは、3名の幹部級士官だったのである。


 第四艦隊の司令官モーガン・ハミルトン中将。情報局の保安情報部に属し、内部の監察的役割を担う、通称・特務隊のノワール・ダントン大佐。彼の担当は、宇宙局だ。そしてその宇宙局の副局長たるマーシャン・テミス・ガルシア大将。

  

 これまで〝使徒(ディシス)〟が得たと推測される、軍の情報を並べれば、全ての情報を得やすい地位にあるのは、特務隊である。


 だが大佐であるダントンに、踏み込めよう筈もない情報も中にはあり、ガルシア大将かハミルトン中将、あるいはその双方が、アクセス権を提供した確立は、かなり高いように思われた。


「マーリィ」


 書面としても、メールとしても、痕跡を残す訳にはいかないと判断した天樹は、ピックアップした3名の情報を呼び出したコンピュータの画面を、そのままマーリィに見せた。


「この3人を頼む」

「承知しました」


 画面を一瞥しただけで、すぐさまマーリィは作業にとりかかる。


 それを横目に、再び視線を画面の方へと戻して、天樹は考え込むように、口もとに手をあてた。


 反政府組織(レジスタンス)からの見返りなど、何もないとマーリィは言ったが、実際は、そうとも限らない事を天樹は理解していた。


 善悪の論争を抜きにすれば、権力争いの道具としての武装組織は、確かに存在しているのである。


 この3人が、何かを目論んでいて、その手段として〝使徒(ディシス)〟を利用しようとしている可能性も、実は充分にあった。


(何か――何を?)

 今回のこの〝アステル法〟が、仮に成立しないような事になれば、本多天樹と、宇宙局作戦部のトップとして、第一艦隊の司令官を兼任するウィリアム・クレイトン大将の管理責任能力は、間違いなく問われる。


 同時に、クレイトンが現在進めている、作戦部内の緊縮策、戦艦内の設備機器の再装填計画が、全て白紙となる可能性も高い。


 宇宙局の局長ウルド・ラフロール大将は、次の春には退官を余儀なくされる年齢であり、その次の局長の座をめぐっては、様々な権謀術数が、現在水面下でかけ巡っている。


 無関係な事と、たかをくくってはいたが、どうやらそうも言っていられなくなりそうな気配を感じ始めていた。


 宇宙局の幹部士官を敢えて派閥分けするなら、良くも悪くも、天樹は「クレイトン派」と見なされていたからである。


(戦場で合法的に葬るのが困難だと踏んで、策を変えてきたのか。危機管理体制や、監督責任を突いてくるつもりだとすると……)


 まいったな、とマーリィの耳には届かない程度に天樹は呟いた。


 反政府組織(レジスタンス)と、軍の一部組織とが、手を組んで追い落としを図ってきても驚かないと言った、グレッグ・ディーンの言葉が、どうやら現実味を帯びてきたのだ。


 自分の認識の甘さに、平手打ちを食らった感は否めない。


(このままでは、彼女はロバートの二の舞だ)


 それだけは、断じて阻止しなくてはならないのに、である。


「その作業が一段落したら、業務に戻ってくれて構わないよ、マーリィ」


 隣りの机に放りだしたままだったコートに手をかけ、おもむろに天樹は立ち上がった。


「天樹さま?」


「次に侵入(ハッキング)があっても、手は出さないでくれるか。このアドレスに、その警告を流せるようにだけしておいて欲しい。誓って、黙殺はしない」


 そう言って、一枚のメモ片を手に、言葉の途中から不満そうな表情を見せたマーリィの耳元で、更に何事かを天樹は囁いた。


「……っ」


マーリィの目が大きく見開かれ、言葉を失った彼は、まともに天樹の顔を見返していた。


「一蓮托生でも本望だ、と言ってくれただろう?この際、鵜呑みにさせて貰うよ。追ってもう一度、連絡する」 


もちろん、マーリィは軍人でもなければ天樹の部下でもない。天樹が、何か完全に腹をくくったらしい、と言う事を察するまでには、まだ至っていない。


 どちらへ、と乾いた声で返すのが、精一杯だった。


「あまり長時間、一ヶ所に留まっていると、立場上不信感をあおるからね。今調べた資料の分析はまた、別のところでやるよ。ありがとうの言葉は、もう少し先で良いかな?――頼むよ、マーリィ」


 時計の針は、午前十時を少し過ぎたところだ。


 一般の訪問客にまぎれるようにシストール社を出た天樹は、一瞬の思案の後、車を再び若宮家へと向けて走らせたのだった。

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