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虚空のシンフォニア――序奏・黎明の迷宮――  作者: 渡邊 香梨
第一章 分岐点
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天樹Side4:トリックスター事件(5年前)3

その間にも、人の行き来は更に激しくなる。


会話を拾い上げながら、天樹は更に、教師も含んで、死者が増えている事を知った。


 策に迷うだけの時間が、もはや残されていないと、覚悟を決めざるを得なくなった天樹は、人ごみの中をすり抜けるように、学校の西門へと足を早めた。 

 

 しばらくして辿り着いた西門は、なるほど騒ぎが起きていると漏れ聞く中学棟から、最も離れた門であるだけに、明らかな部外者と見られる人の数は、少ない。


 手塚の洞察力に舌を巻きつつも、天樹は上手く人ごみにまぎれ、何とか校内へと入りこんだ。


 高校棟を抜けると、各種公式試合の為の共用グラウンドがあり、日頃は部活動に勤しむ生徒たちで溢れている筈なのだが、今日は手塚の言うところの「保安情報部」の人間なのか、見知らぬ男達がグラウンドの中央付近に集まり始めていた。


(まだ増えるな……手塚、どうするつもりだ……?)


 攻め込まれれば、大人と子供の体格の違いは埋めようもない。ましてや催涙弾でも使われれば、目も当てられない。


一抹の不安は残るものの、今は弟の動向を把握する事が、天樹には最優先であり、手塚もそれを分かっていると、自分を納得させるように、グラウンドを大回りした天樹は、中学棟1階の空いた窓から、建物の中へと身体を滑り込ませた。


「……!」


 教室内に降り立った瞬間、ふいに鋭い影が天樹の目前をよぎった。一瞬だけ目を見開いたものの、すぐに反射的に身を翻すと、突き出された黒い「影」を片手で掴んで、それを思い切り自らの方へと引き寄せた。 


 決して武闘派ではない天樹ではあるが、ふい打ちへの対応としては、上出来と言えただろう。


「う……わっ……」


しかし静かな教室に響いたのは、まだ幼さの抜けきらない声であり、思わず天樹は、その「影」の首筋に叩き込もうとしていた左手を、ピタリと止めた。


(……中学生?)


 天樹の右手が握りしめたのが、箒の柄先で、それを突き出したのが、少年であると理解するのに、さしたる時間はかからなかった。


「まあ……いい腕だが、もう少し軸足に体重を乗せて、踏み込めば良かったかな」


 そう言って苦笑した天樹は、箒から手を放した。


 怪訝そうに顔をあげた少年に、この場では最大の身元保証――――本多神月の兄である事を、まず告げた。


「神月の兄さん……?」


 さすがに少年も、すぐには信用しなかったが、天樹が生徒手帳を見せた事で、ひとまず納得はしたようだった。


「神月は隣の棟にいるよ。僕は見張り」


 そう言って、廊下の向こうを指し示す少年に、ありがとうと天樹は短くお礼を言った後で、ふと気になった事を口にした。


「ところで一つ聞くけど……君は一人でこの階を見張ってるのかな?」


 少年は、ふるふると首を横に振る。


「え、ううん。常に何人か、それぞれ違うルートで周回してる。自分以外の人間のコースは、神月と高等部の手塚先輩しか知らない。それに絶対に、自分以外の人間とは出会わないルートになってるらしいから、見かけた人間は即、怪しい人間ってコトになるんだ。分かりやすいだろ?」


「……なるほど、よく分かった」


 この混乱の中、手塚がさほど慌てなかった訳である。


 唯一にして最大の欠点は、まともな武器がないと言う事くらいだ。


 隣の棟に辿り着くまでに、天樹は何度か同じ事をそれぞれの見張り役に説明しなければならなかったのだが、それも見張りの綻びを防ぐための一手なのだから、手塚の指示は徹底してると言わざるを得ない。


 そうして、ようやく中学棟三年生校舎の最上階教室に辿り着いた時、天樹は、ゆうに百人を超えようかという人の多さに愕然としたのである。


「兄さん……!」 


 天樹が捜すよりも早く、人ごみをかきわけるように、弟の神月がこちらへと近付いて来る。


「兄さん、どうして……!」

「神月」


 父親の譲りの沈着さを見せる天樹と、母親譲りの快活さを見せる神月との間に、すぐさま兄弟の血は見えにくい。


「言いたい事は分かってるつもりだけど、僕は退かないよ、兄さん」


 最初に口を開いたのも、やはり神月の方であった。


「生徒も、先生も、何人か亡くなってる! その事が、うやむやにされていい筈ないだろ⁉僕は絶対に、こいつらの……軍の非を、衆目に認めさせてみせる!」


 神月が一瞥した後方には、白と紺を基調にした、軍服を着た男達が数名、中・高生のバリケードに囲まれるように、拘束されている。


 その顔がどれも青ざめているのは、決して怯えではなく、たかだか10代の少年少女に自分たちが拘束されていると言う現状に、屈辱を覚えているからに違いない。


 ただどこかに、保安情報部あるいは軍の実働部隊の突入を確信している雰囲気があるように、天樹には見えた。


「どうやって、中学棟まで来たのかは、今は聞かないでおくよ。全員に悪影響だしね」


 恐らく意識してトーンを下げているであろう神月の声は、かえって天樹にその意志の固さを感じさせ、恐らくは論でも理でも、説き伏せる事が不可能な空気を漂わせていた。


「神月……」


 口を開きかけた天樹の声は、しかしそれ以上のグラウンドの喧騒に、遮られる。 


 教室の中に向けかけた足を止め、神月の側をすり抜けるように廊下へと出た天樹は、その廊下の柱の部分に背を預けるようにして、下方に見えるグラウンドへと視線を投げた。 

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