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虚空のシンフォニア――序奏・黎明の迷宮――  作者: 渡邊 香梨
第四章 過去からの挑戦状
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天樹Side5:シストール社2

「……コンピュータ」


 ふと天樹が身を翻したのは、いったいどのくらいの時間が経過してからの事だったのか。


 発せられた静かな声に、キール達の目が、ハッとしたように天樹に向けられる。


どうぞ(イエス・)我らの後継者(サクセサー)〟』


 機械音声は、人工知能機能を持つコンピュータの特徴だ。


 己の声が、既にシストール社の音声認識プログラムに反映されており、更に〝後継者〟と呼ばれた事に、天樹はあからさまに不快げな表情を見せたのだが、敢えてその件に関して、何かを言う事は、今はしなかった。


 ――優先すべき事が、今はある。


「コンピュータ、一昨日の夜8時過ぎから、翌朝の日の出時刻にかけて、アルファードから、ブレドールハイウェイを抜けた車の数を検索してくれ」


『853台です』

「そのうち、フィオルティナンバーの車の数は?」

『193台です』 

「長距離貨物車を除外してくれ」

『該当車数は38台です』 

「……いいだろう、その画像を順に出してくれ」

『承知しました』


 そして、しばらくの沈黙。


 コンピュータが検索を始めたその隙をぬうように、かろうじて口を挟んだのは、キールだった。


「先輩……どこのコンピュータにアクセスを……?」


 天樹はすぐには答えない。そしてキールも、すぐにそれが愚問だと気付いた。 


 国の交通システムに関するプログラム・情報は、全て軍の情報局の管理下にある筈だった。


 あらかじめユーザー登録をしておけば、一般企業が、市場調査のために交通システムを検索する事は許可されている。つまり取っかかりとしての、手段は容易なのだ。


「検問システムを逆手にとって、該当車両の洗い出しを図るつもりですか?それにしても何故、フィオルティ方面に限定を……」


 だがキールの記憶が正しければ、各都市間を結ぶ、ハイウェイなどの検問システムにまでは、一般許可は下りていない筈である。


 二重の意味で、探るような目つきを見せたキールを見やって、天樹はややあってから、諦めたような溜め息をついた。


「……そこに“使徒(ディシス)”の拠点があるからだよ」

「先輩……」


「アルシオーネ・ディシスが組織の命で動いているのなら、当然若宮さんを連れての行き先は、フィオルティという事になる。そして何らかの理由で、組織とは無関係に独断で今回の行動を起こしたのだとしても、俺なら組織の意表を突いてフィオルティ、あるいはそこを通り越した北東地区へ向かう。独断の行動であれば、当然、組織としての“使徒(ディシス)”は彼を追うし、そうなれば追っ手は真っ先に、アルシオーネの最初の行き先である、このアルファードへ来る。……それで稼げる時間は、大きいからね」


 コンピュータが、ちょうど38枚の写真を画面に並べ始めたため、天樹はいったん、そこで言葉を切った。


 その場にいる全員が、固唾を飲んでその行方を見守る。


「――ストップ!コンピュータ、20枚目の写真を拡大してくれ」


 コンピュータに鋭い指示を与えたのは天樹だったが、あっ、と声をあげたのはガヴィエラである。


「いた、アルシオーネ・ディシス!」


「とすると、この後部座席に横たわる影が、若宮女史って事か?だけどそこまではハッキリ映ってないな……」


 興奮するガヴィエラとキールをよそに、天樹は冷やかな視線を、画面へと向けている。


 ――十分だ、と低く小さな声が、唇から漏れた。


(これは――俺への『挑戦状』だ)


 検問システムのカメラに捉えられた、アルシオーネ・ディシスの視線は、明らかにその映像写りを意識していた。


 絶対的とも言える自信が、その視線にはこめられていると言っても良い。


 ――すなわち彼女を渡さない、と。


「天樹さま、そろそろ追跡システムが」

「止められるか」


 小声で囁きかけたマーリィに、画面を見つめたまま、天樹は答えた。

 何を、とはマーリィも聞き返さない。


「システムを一部書き換えて、プログラムの内部にウィルスを逆走させますか?そうすれば、ギルティエ社のネットワーク内に、今回のアクセスの痕跡は残りません。追跡システムを乱すのも、そのシステム自身とする事が出来ます」


 出来るのか、とは天樹も問わない。

 一瞬の沈思の後、了承するように、マーリィに向かって頷いた。


 素早く手近なデスクに腰を下ろしたマーリィは、猛然とキイを叩き始め、その手際の良さに、キールもガヴィエラも、関心したように視線を投げた。


「やっぱり、専門職の人は違うなぁ」

「ここでは、俺たちの出る幕はなさそうだな」

「……いや」

  

 二人の声は決して大きなものではなかったのだが、天樹の耳にはきちんと届いていたらしい。

 

 やはり画面を見つめたまま、押さえた声で言葉を続けた。


「二人が俺を追ってきた方法があるだろう。それと同じ方法で、このアルシオーネ・ディシスの車も追える筈だ。頼めるか?」


「……見てきたように言いますね、先輩」


 思わず、と言った態でガヴィエラは苦笑したが、天樹はニコリとも笑わなかった。


「コンピュータの腕に、()()()おぼえがある人間なら、思いつかない方法じゃないからな」


「…………」


 誉められているのか、嫌味を言われているのかは、今ひとつ判然としない。


 どう答えていいか分からず、ガヴィエラは肩をすくめるしかなかったが、天樹の口調は変わらなかった。


「ただ俺が彼なら、車はとうに、乗り捨てる……と言うよりは、乗り換えている。動きを追うのにも限界はあるだろうが、あとは地道に聞きこむ事になるだろうな」


「じゃあ俺が、一足先にフィオルティへ向けけて車を走らせますよ。何か分かればその都度、指示を入れてもらう――というので、どうですか?」


 淡々と話す天樹に、言葉を返せないでいるガヴィエラの代わりに、そう、案を出したのはキールだった。


 天樹の発言は、自分自身のコンピュータの腕をも揶揄したものであり、とっさにこの中では、自分が最もコンピュータ操作に詳しくないと、キールは悟ったのである。

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