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虚空のシンフォニア――序奏・黎明の迷宮――  作者: 渡邊 香梨
第四章 過去からの挑戦状
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ガヴィSide2:官舎には帰りません(後)

「キール?」


「……本多先輩が水くさいなら、おまえが先輩についた『嘘』は、どうなんだ。おまえに限って言えば、お互い様だと思うがな」


「嘘?」


「若宮女史宅にかかってきた、アルシオーネ・ディシスからの電話の件、本多先輩への説明を途中で省いただろう、おまえ」


 キールが聞いた限り、アルシオーネ・ディシスと若宮水杜は、明らかな顔見知りだ。彼女が誘拐された動機は、必ずしもアステル法だけがその原因とは思えなかった。


 だがガヴィエラは、その事を本多天樹には告げなかった――それも、意図的に。


「そう?一応、ちゃんと説明したつもりだったんだけどなぁ」


 そう言いつつも、ガヴィエラは、キールを見ようとしない。

 キールの声が、さらに低くなった。


(じか)に通話記録を聞いていない本多先輩はともかく、俺をごまかせると思うのか」


「うわ、人聞き悪い。私はただ、彼女と一緒に仕事がしてみたいと思うし、本多先輩には予断持って欲しくないし、何よりキールは、無条件に協力してくれると思っただけなのに」


「つまり、省いたんだな」

「……っ」


 返す言葉に詰まった時点で、既に手遅れである。


 キールは、なおも追及の声をあげようとしたが、幸か不幸かカーナビゲーションシステムのパネルランプが、そこでふと動きを止めた。


「――――」


 一瞬の、沈黙。

 そして折れたのは、キールだった。


「分かった、当面は()()()()()にしておいて

やるよ」


「……怖いなぁ」


 口調とは裏腹に、お互いに表情を改めて、二人はパネル画面を一緒に覗き込んだ。


「どこで停まったんだろう?」


「この区域と場所だと……シストール社だな」


「シストール?……って、コンピュータシステムの会社だよね、確か」


「ああ。今の地球軍は、ギルティエ社の独占市場と言っても過言じゃないくらいだが、巷では、そのギルティエ社最大のライバルと言われているのが、シストール社だ……っと、そか!先輩はずっと内通者の存在を危惧していたから、もしかしたら、ギルティエ社のネットワークを介さずに、何か情報を得ようとしているのかも知れない。現時点では、俺たちの住む官舎の簡易端末でさえ、ギルティエ社製だからな」


 長い戦争の理由の一端には、軍上層部と軍需産業界との癒着問題があると言うのが、暗の了解ともされている。性能よりも、企業献金の額が全てを左右しているともっぱらの噂で、いきおい、画期的な向上を見せないその性能が、地球軍の圧倒的勝利を遠ざけているとさえ、陰では囁かれていた。


 本多天樹が、そんなギルティエ社の製品性能を完全には信用せずに、一人で行動を起こしたのは、無理からぬ話だったのかも知れないと、この時キールは思ったのである。


「そっか、それに情報漏洩の問題に加えて、幼年学校から軍にいる私やキールに、いきなりシストール社製品の勝手は分からないって、思ったのかも知れないよね、先輩」


「そうだな、それも考えられる」


 ガヴィエラは、キールが今度は素直に自分の言葉を受け止めたので、にこりと笑った。


「そうでしょう?まぁ水くさいっていうか、失礼だって事に、変わりはないんだけど」


「やけに自信ありげじゃないか」


「え?だってキール、明日からいきなり軍の端末類が全部シストール社製になったからって、具体的に何か困るの?」


「……いや?」


 大多数の一般兵士からすると、短時間で殺意が沸騰しうな答えを返したキールだったが、ガヴィエラともども、士官学校史上稀に見る天才と称された二人である。


 真顔で答えたキールに、でしょ?と、ガヴィエラも軽いウインクを返して、右手でシストール社のある方角を指差した。


「じゃ、問題なし……って事で、私たちもシストール社の中に入れて貰おう」


「入れて貰うったって……具体的にどうするつもりなんだ、こんな朝早くから。本多先輩は、予約(アポ)かなんかとってたのかも知れないが、俺たちが同じように入れると思うのか?」


「えー?だって正門だったら、警備の人くらいはいるでしょ。本多先輩の部下だって言えば、無条件で入れて貰えるって」


「……あのな」


「いくら軍の高級将校だって言っても、普通こんな非常識な時間、中になんて入れて貰え貰えないでしょ?きっと本多先輩、シストールの関係者に知り合いがいるんだよ。それも、結構権限のある人と。当然、警備の人にだって話くらいは通ってるだろうし、だったらその先輩の部下だって言えば、通れるんじゃないかな?私達の素性なら、いまどきシストールくらいの大企業なら、指紋なり網膜なりの照合システムは持ち合わせてるだろうし、大丈夫なんじゃないかな」


「…………」


 常日頃の理路整然さを奪われた格好で、キールが不本意そうに口を(つぐ)む。


 もちろん、不本意ではあっても、その正誤はきちんと判断をしているので、車を下りて、シストール社の管理事務所に走っていったガヴィエラを、彼は止めなかった。


「――オッケーだって、キール!車こっち回してって!」


 やがて、さほど間を置かずに、ガヴィエラがそう叫んで、大きく手を振った。


 当の本多天樹には、黙ってここに来ている筈なのに、そんな事を微塵も気にしていない、堂々たる態度はある意味大したものである。


 キールは僅かに苦笑してかぶりを振ると、言われた場所に車を置いて、既に建物の方へ歩き出しているガヴィエラの後を、追いかけた。


「先輩、何階か分かってるのか?」


「ううん。でも多分、25階のメインコンピュータルームじゃないかって、守衛さん言ってた。技術部長が管理責任者になっている部屋はそこだけだから、って」


「技術部長?先輩、この会社の技術部長に会いに来たのか……」


 どうやら自分たちの予測が、間違った方向を向いていなかった事は、確かなようである。


 二人は天樹からわずかに遅れる形で、シストール社の内部へと足を踏み入れた。


 日頃は周囲の景色を圧倒する、30階建ての高層ビルだが、人気のない空間は、外気温以上の寒さと無機質さを二人に感じさせる。


「こんな廃墟みたいに静かな空間じゃ、何してても、気が変になりそう……不健康だわ」


 エレベーターに乗り込みながら、たまりかねたような声をガヴィエラが発したほどの、それは静けさだったのだが、キールの反応もまた、負けずに冷ややかなものであった。


「そもそも、こんな時間に俺らに無断でやっているような話が、健康的な筈ないだろうが」


「……もしかしてキール、怒ってたの?先輩に()()()()()()()事」


 (キール)の言葉じりに隠された「棘」を、察知出来ないガヴィエラではない。

 顔色を窺うように、ゆっくりと、キールの顔を覗き込む。


「……先輩に『水くさい!』って文句言う権利、譲ろうか?」

「……そうだな、今回はそうしておいて貰おうか」


 冗談の要素が聞こえないその声に、一瞬おののいたガヴィエラは、懸命にもそれ以上の軽口は叩かなかった。


 見上げたエレベータの階数は、上手い具合に、そろそろ25階だ。


「さぁてと、先輩いるかなー?」


 強引と言っていい話の切り方で、ガヴィエラがさっさとエレベータを下りていき、キールを若干呆れさせた。


「……おまえには『警戒』という単語はないのか、ガヴィ?」


「えー?ない訳じゃないけど、キールと一緒の時は、その単語はキールに預ける事にしてるー」


 ひらひらと手を振って、前を歩くガヴィエラに、キールが絶句して、立ちすくむ。


 そんなキールに気付く事なく、辺りを見渡したガヴィエラは、視線の先に1箇所だけ、微かな灯りと話し声の漏れる部屋を見つけて、極上の微笑を浮かべた。


「みーっけ」


 軽く息を吸い込んだガヴィエラは、半瞬の自失から立ち直ったキールが止める間もなく、勢いよくその部屋の扉の開閉ボタンを叩いた。


「おっはようございまーす!」


 誰一人、その行動に即座に反応する事は出来なかったのである――当然の事ながら。

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