表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虚空のシンフォニア――序奏・黎明の迷宮――  作者: 渡邊 香梨
第四章 過去からの挑戦状
36/108

ガヴィSide1:官舎には帰りません(前)

 若宮水杜がチタのホテルの一室で眠れぬ夜を強いられていた、ちょうどその頃。


 ガヴィエラ・リーンは自分の官舎ではなく、路上駐車された車の中で、仮眠をとっていたところだった。


「……ガヴィ」


 その車の窓を同じ空戦隊の相棒、キール・ドワイト・レインバーグが、軽く叩く。


「朝メシ買ってきた。まだ早いかも知れないけど、食える時に食っておいた方が良いだろ?」


 さすがに11月ともなると、明け方に吐く息は白い。助手席のガヴィエラに袋を放り投げ、キールも肩をすぼめるように、エアコンの効いた車内の運転席へと身体を滑り込ませた。


「先輩、動いたのか?」

「ううん、今のところは何も」


 軽く欠伸を噛み殺しながら答えたガヴィエラは、キールに手渡された袋の中から、まだ充分にぬくもりの残るコーヒーを取り出すと、その蓋を開けて軽く口をつけた。


「今更だけど……ホントに先輩、動くと思う?」

「動くよ。()()()()からすれば、十中八九」


 一方のキールは、コーヒーを取り出しはしたものの、すぐには口をつけずに、冷えた手を温めるように、缶を手で包み込んでいた。


「ああは言っても先輩は、ギリギリまで俺らに声をかけるつもりはないさ。いざとなったら自分一人で責任をとるつもりなのは、目に見えてる」


「うーん……」


 穿った見方だとも思うが、否定する根拠もない。

 ガヴィエラは、複雑さの混じる呻き声をあげていた。


 そもそも、昨夜本多天樹と若宮家の前で別れた後、戻って仮眠をとるか、こっそり軍のコンピュータに侵入するか思案したガヴィエラを、引き止めたのはキールである。


「本多先輩を見張った方がいい」


 地球軍全軍を見渡しても、一、二を争うと彼女(ガヴィエラ)が全幅の信頼を寄せる、この同期の青年は、大胆にも上官の見張りを持ち掛けた。


 恐らくは、まず一人で動こうとする筈だとキールは言い、反論の根拠を持たないガヴィエラは、半信半疑ながらその提案に従い、今に至っているのである。


「キール、先輩の性格深読みしすぎてない?」


 ゆっくりと、身体全体を温めるようにコーヒーを味わうガヴィエラの視線は、それでも一応、本多天樹の住む官舎の方角を向いている。


「一人だけで、水……若宮さんの事、追いかけられるとはとても思えないのに」


 むしろガヴィエラの言葉は、いったん協力を頼んだ以上は、黙って動いて欲しくはないという「願望」に近いのかも知れない。


 そうと察しているキールも、口もとに微かな笑みを見せただけである。


「自分でも納得しきっていない事を口にしたところで、同意は得られないぞ、ガヴィ。だいいち、これは深読みとかそういう問題じゃない。これが本多先輩じゃなく、俺やおまえだったらどうする?」


「……自分で動くだろうなぁ」

「それだけのことさ」


 あはは、とガヴィエラが乾いた笑い声をあげた。


 いざという時の物の考え方に、自分たちと上官たる本多天樹との間に、さしたる違いがあるとは、彼らは思っていない。


 士官学校の、同一学年における首席と次席を、一人の、しかも民間上がりの新任将校の下につけた事自体が、そもそも規格外なのだ。


 結果的には、今や押しも押されぬ艦隊となりつつある第九艦隊だが、何かしら性格に問題がある人間が多かったが故に、他の将校が扱いかねての編成だったのではないかと、彼ら自身が内心で思っていた程である。


 ――そしてこの日も、そんなガヴィエラやキールの読みを裏付けるかのように、本多天樹の住む官舎の玄関が、静かに開いた。


「ガヴィ、頭を低くしろ。……先輩だ」


 二人の乗る車は、そう目立つ場所に留めていた訳ではない。それでも用心のため、二人は車内で低く身をかがめた。


 明け方の静かな官舎に、車庫を開ける音だけが響く。


「車で出かけるみたいだね」

「……そうだな」


 殊更、自分の読みの正しさを誇る気にもなれずに、キールは身をかがめたまま嘆息したが、ともかくも、今は後を追うより仕方ない。


「しかしこの時間帯だと、車間距離が難しいところだな…下手に近付きすぎるわけにもいかないし」


「うーん……あ、キール、ちょっとこの車、()()()()も構わないかな?」


 身をかがめたままの姿勢で、ガヴィエラが何か思いついたように、ぱちんと指を鳴らした。


「いじる?」


 言葉の意味を掴み損ねたキールが、不審そうに聞き返したが、ガヴィエラはそのキールの返事を待たずに、カーナビゲーションシステムの裏面に取り付けられた、修理用パネルに手を伸ばした。


 幾つかのキイを叩いたタイミングに呼応するかのように、車の現在位置を示していた画面が、ふと変わった。


「……何をしてるんだ?」


「カーナビって、衛星通信システム使って、自分の車の現在位置を割り出すシステムな訳じゃない?だったら、()()()()プログラムをいじって、先輩の車のナンバーを入力すれば、逆に先輩(むこう)の車の現在位置を割り出してくれるんじゃないかと思って」


 画面はいったん、元に戻ったかのように見えたが、やがて本多天樹の車の発進と共に、画面の示す現在位置は、こちらの車とは関係なく、動き始めた。


 ビンゴ、と軽くウインクするガヴィエラに、キールは感心したように、視線を投げる。


「やっぱり、おまえ連れてきておいて、正解だった」


「私は便利用品(グッズ)じゃありません。ほら、もういいんじゃない?こっちのエンジンかけても」


 天樹の車は、どうやら中心部のオフィス街へと向かっているようである。キールやガヴィエラの住む官舎に寄る様子は、()()()()()


「やっぱり、先輩にちょっと文句言いたい気分だなぁ…」


 車が静かに走り出し、キールが運転を手動から自動に切り替えた頃を見計らうように、ガヴィエラが、助手席でぶつぶつと不満を口にした。


「そりゃ私も、先輩の立場に立てば、自分で動くかも知れないけど、でもやっぱり、水くさいって言うかなんて言うか……」


「……そうだな」


 一応の相槌は打ったものの、キールの表情は、固い。


 それに気が付いたガヴィエラが、小首を傾げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ