水杜Side2:望まぬ再会2 ※
軽めとはいえR15、それもちょっとイヤな展開です。
苦手な方はご留意下さいませm(_ _)m
反政府組織の側からすれば、戦争を否定しながらも、軍に加わろうとする水杜は、どこまでも「裏切り者」だ。アルシオーネですら、心のどこかでその思いを消し切れずにいる。
そうでなければ、こんな強硬手段に訴えたりなどする筈はなかった。
「……シオン……」
「どうして、と聞きたかったのは僕の方だよ――水杜」
微かに震えていた手を、押し留めるように握りしめながら問う、アルシオーネの視線は厳しいものだった。
「戦争そのものに、関わる事を拒んだ筈の君 が、何故軍へ?本多天樹がどんな甘言を弄したかは知らないが、君がそれに応じた事の方が、僕には信じられない。いったい、何が君を動かした?」
「……っ」
「水杜!」
苦しげに顔を歪めた水杜は、それ以上の議論を嫌うかのように、腕輪のない、もう一方の腕で、自分の目元を覆い隠した。
「……今、あなたにそれを説明しても……きっと理解出来ない……」
一言、それだけを絞り出すように呟いて。
現在の地球軍に一片の期待も抱いていないアルシオーネにとっては、恐らくは「内部から軍を変える」という本多天樹の発想は、全く受け入れられない発想に違いない。
直接彼と話をする機会でも持たない限り、論争に決着がつく事はないと、水杜には思えて――いや、分かっていた。
だからこその「拒絶」だ。
「……っ」
案の定、アルシオーネの顔色が変わる。
「……変わらないな、君は」
声には若干の苛立ちがあり、思わずと言った態で立ち上がっていたが、微かに表情を歪めたアルシオーネは、ふたたび腰を下ろす事はせずに、そのままゆっくりと水杜の傍へと歩み寄った。
「気付いていないのか?それは、君と僕が最後に会った日にも、言った言葉だ。なら君は、いったい、いつになったら、その全てを説明してくれる?僕は未だ、それすら値しないとでも言うのか?」
「っ!それとこれとは……っ」
「違わない」
水杜の顔のすぐ側で、ベッドがきしんだ音をたてた。
あっという間に腕を退けられ、両肩のすぐ側に手をついたアルシオーネが、至近距離で水杜を見下ろしていた。
「君はいつだって、君自身が下した決断の理由は、誰にも説明しない。確かに責任は、己一人に帰すのかも知れない。だけどそれだと、本当に助力が欲しい時に、どうするつもりなんだ?僕はずっと、そんな君が見ていられなくて、側にいたいと思っていた。君と一度離れてしまった後も、君が図書館で、君なりの反戦のやり方を貫くのであれば、僕も“使徒”で義理を果たして、もう一度、君の前に立とうと――その時こそ、二度と離さないと、そう決めて、姉の望むアルシオーネ・ディシスを演じてきた。まさかそれが、こんな……っ」
「シオン――」
「1週間、と言ったけど、多分もう僕は、引き返せない。姉は僕を許さないだろうし、本多天樹だって、何があっても君を取り戻そうとするだろう」
「だったら、なぜ……っ」
叶うなら、今からでもアルシオーネの説得を試みたい水杜だったが、その言葉は、アルシオーネの唇で塞がれた。
「――っ」
「――僕は僕の意志で、もう引き返さない」
ゆっくりと、うなじから肩へと唇が下りていく。
「……や……あっ……シオン……っ!」
「貴子さんにだけは、場所はともかく、僕といる事は伝えてあるから。そこは心配しなくても大丈夫だから。だから――」
――離さない。
アルシオーネの静かな宣告が、水杜の全ての言葉と拒絶を封じた。
以前の水杜なら、1年半前なら、その言葉も、口づけの先も――受け止める事が出来ていた。
何故なら水杜の全ては、アルシオーネのものだったから。
だが今は、自分の言葉も、思いも通じない無力感だけが、あるいはアルシオーネの身体以上に重く心にのしかかっている気がした。
何度耳元で名前を囁かれようと、何度ベッドが軋んで、激しく身体を揺さぶられようと、あの頃のようにはなれないことを、ただ、思い知らされた。
最後には指一本、動かす気力さえ持てなくなったのは、果たして“束縛の手枷”だけのせいだったのだろうか……。
.゜*。:゜ .゜*。:゜ .゜*。:゜.゜*。:゜ .゜*。:゜ .゜*。:゜
アルシオーネが水杜の身体から離れた時には、窓の外の薄暗さはなくなり、夜はすっかり明けていた。
「少し早めに出て、イサカは通り抜ける。……今からなら多分、ルベニアまでは行ける。あまり一か所に長く留まっている訳にもいかないから、君のその“束縛の手枷”は少し負担になるかも知れないけど……今は許して欲しい」
服の袖に手を通しながら、静かにそう呟いたアルシオーネの表情は、背中越しだったため、水杜には見えなかった。
「……水杜」
ただ、握りしめられた拳に、アルシオーネ自身にも、やり場のない感情が渦巻いている事を窺わせていた。
「君は誰にも渡さない。本多天樹にも――カテリーナ姉さんにも」
「――――」
それは一種の挑戦状だった。ざっと見渡して、部屋の隅に車椅子が置いてあるところを見ると、彼がどういう方法で怪しまれずに宿泊をしたのかは、水杜にも想像がついた。
戦傷病者が決して少なくないこの時代、バリアフリーの設備は、小規模のホテルにさえ完備されていたし、車椅子姿の人間を見かけたところで、他人に強烈な印象は残さないのである。ただ腕の“束縛の手枷”さえ、目立たないようにすれば良い。
軍の助け、などというものを、最初から水杜も期待はしていない。
何と言っても、水杜はまだ正式の軍人ではないのだ。
結果的に、約束を破られた形になる本多天樹は、持ち前の勘の良さから、ある程度のあたりをつけてくるのだろうが、それでもそれは、確実な期待として良いものではない。
……己で“束縛の手枷”を引きちぎるなりなんなりすれば、どこかの中枢神経系が切れるとは聞いたものの、いざという時の、事態の打開のため、その覚悟はしておいた方が良さそうだった。
とっさにそれ以上の選択肢が思い浮かばない自分は、今、もしかしなくても相当に精神をやられているのかも知れない――唇をかみしめながら、水杜はぎゅっと目を瞑った。
(シオン……)
――いったい、自分たちはどこからすれ違ってしまったのだろう。
答えの出ない問いかけを、己の内側に宿したままに。




