表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虚空のシンフォニア――序奏・黎明の迷宮――  作者: 渡邊 香梨
第四章 過去からの挑戦状
35/108

水杜Side2:望まぬ再会2 ※

軽めとはいえR15、それもちょっとイヤな展開です。

苦手な方はご留意下さいませm(_ _)m

 反政府組織(レジスタンス)の側からすれば、戦争を否定しながらも、軍に加わろうとする水杜は、どこまでも「裏切り者」だ。アルシオーネですら、心のどこかでその思いを消し切れずにいる。


 そうでなければ、こんな強硬手段に訴えたりなどする筈はなかった。


「……シオン……」

「どうして、と聞きたかったのは僕の方だよ――水杜」


 微かに震えていた手を、押し留めるように握りしめながら問う、アルシオーネの視線は厳しいものだった。


「戦争そのものに、関わる事を拒んだ筈の君 が、何故軍へ?本多天樹(タカキ)がどんな甘言を弄したかは知らないが、君がそれに応じた事の方が、僕には信じられない。いったい、何が君を動かした?」


「……っ」


「水杜!」


 苦しげに顔を歪めた水杜は、それ以上の議論を嫌うかのように、腕輪(バングル)のない、もう一方の腕で、自分の目元を覆い隠した。


「……今、あなたにそれを説明しても……きっと理解出来ない……」


 一言、それだけを絞り出すように呟いて。


 現在の地球軍に一片の期待も抱いていないアルシオーネにとっては、恐らくは「内部から軍を変える」という本多天樹の発想は、全く受け入れられない発想(もの)に違いない。


 直接(タカキ)と話をする機会でも持たない限り、論争に決着がつく事はないと、水杜には思えて――いや、分かっていた。


 だからこその「拒絶」だ。


「……っ」


 案の定、アルシオーネの顔色が変わる。


「……変わらないな、君は」


 声には若干の苛立ちがあり、思わずと言った(てい)で立ち上がっていたが、微かに表情(かお)を歪めたアルシオーネは、ふたたび腰を下ろす事はせずに、そのままゆっくりと水杜の傍へと歩み寄った。


「気付いていないのか?それは、君と僕が()()()()()()()にも、言った言葉だ。なら君は、いったい、いつになったら、その全てを説明してくれる?僕は(いま)だ、それすら(あたい)しないとでも言うのか?」


「っ!それとこれとは……っ」


「違わない」


 水杜の顔のすぐ側で、ベッドがきしんだ音をたてた。


 あっという間に腕を退けられ、両肩のすぐ側に手をついたアルシオーネが、至近距離で水杜を見下ろしていた。


「君はいつだって、君自身が下した決断の理由は、誰にも説明しない。確かに責任は、(おのれ)一人に帰すのかも知れない。だけどそれだと、本当に助力が欲しい時に、どうするつもりなんだ?僕はずっと、そんな君が見ていられなくて、側にいたいと思っていた。君と一度離れてしまった後も、君が図書館で、君なりの反戦のやり方を貫くのであれば、僕も“使徒(ディシス)”で義理を果たして、もう一度、君の前に立とうと――その時こそ、二度と離さないと、そう決めて、()()()()アルシオーネ・ディシスを演じてきた。まさかそれが、こんな……っ」


「シオン――」


「1週間、と言ったけど、多分もう僕は、引き返せない。姉は僕を許さないだろうし、本多天樹だって、何があっても君を取り戻そうとするだろう」


「だったら、なぜ……っ」


 叶うなら、今からでもアルシオーネの説得を試みたい水杜だったが、その言葉は、アルシオーネの唇で塞がれた。


「――っ」

「――僕は僕の意志で、もう引き返さない」


 ゆっくりと、うなじから肩へと唇が下りていく。


「……や……あっ……シオン……っ!」


「貴子さんにだけは、場所はともかく、僕といる事は伝えてあるから。そこは心配しなくても大丈夫だから。だから――」


 ――離さない。


 アルシオーネの静かな宣告が、水杜の全ての言葉と拒絶を封じた。


 以前の水杜なら、1年半前なら、その言葉も、口づけの先も――受け止める事が出来ていた。


 何故なら水杜の全ては、アルシオーネのものだったから。


 だが今は、自分の言葉も、思いも通じない無力感だけが、あるいはアルシオーネの身体以上に重く心にのしかかっている気がした。


 何度耳元で名前を囁かれようと、何度ベッドが軋んで、激しく身体を揺さぶられようと、あの頃のようにはなれないことを、ただ、思い知らされた。 



 最後には指一本、動かす気力さえ持てなくなったのは、果たして“束縛の手枷(タクイート)”だけのせいだったのだろうか……。



.゜*。:゜ .゜*。:゜ .゜*。:゜.゜*。:゜ .゜*。:゜ .゜*。:゜



 アルシオーネが水杜の身体から離れた時には、窓の外の薄暗さはなくなり、夜はすっかり明けていた。


「少し早めに出て、イサカは通り抜ける。……今からなら多分、ルベニアまでは行ける。あまり一か所に長く留まっている訳にもいかないから、君のその“束縛の手枷(タクイート)”は少し負担になるかも知れないけど……今は許して欲しい」


 服の袖に手を通しながら、静かにそう呟いたアルシオーネの表情は、背中越しだったため、水杜には見えなかった。


「……水杜」


 ただ、握りしめられた拳に、アルシオーネ自身にも、やり場のない感情が渦巻いている事を窺わせていた。


「君は誰にも渡さない。本多天樹にも――カテリーナ姉さんにも」

「――――」


 それは一種の挑戦状だった。ざっと見渡して、部屋の隅に車椅子が置いてあるところを見ると、彼がどういう方法で怪しまれずに宿泊をしたのかは、水杜にも想像がついた。


 戦傷病者が決して少なくないこの時代、バリアフリーの設備は、小規模のホテルにさえ完備されていたし、車椅子姿の人間を見かけたところで、他人に強烈な印象は残さないのである。ただ腕の“束縛の手枷(タクイート)”さえ、目立たないようにすれば良い。


 軍の助け、などというものを、最初から水杜も期待はしていない。

 何と言っても、水杜はまだ正式の軍人ではないのだ。


 結果的に、約束を破られた形になる本多天樹は、持ち前の勘の良さから、ある程度の()()()をつけてくるのだろうが、それでもそれは、確実な期待として良いものではない。 


 ……己で“束縛の手枷(タクイート)”を引きちぎるなりなんなりすれば、どこかの中枢神経系が切れるとは聞いたものの、いざという時の、事態の打開のため、その覚悟はしておいた方が良さそうだった。


 とっさにそれ以上の選択肢が思い浮かばない自分は、今、もしかしなくても相当に精神(メンタル)をやられているのかも知れない――唇をかみしめながら、水杜はぎゅっと目を瞑った。


(シオン……)


 ――いったい、自分たちはどこからすれ違ってしまったのだろう。

 

 答えの出ない問いかけを、己の内側に宿したままに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ