天樹Side3:レイニーデイ9
「……忠告は、有難く承るよ」
良く分かったとばかりに、苦笑寸前の表情を閃かせた天樹に、ガヴィエラとキールは、どちらからともなく、顔を見合わせた。
一瞬頷きあい、そうして若宮家のTV電話の前に、二人は走る。
「ちょっ……二人とも何を――」
怪訝そうにな天樹の視線の先で、実際にTV電話を手にしたのは、ガヴィエラだ。
「あ、もしもしカーウィン?」
「⁉」
弾かれたように天樹が二人を振り返ったが、手遅れである。
キールが画面に立つガヴィエラの横に割り込んで、自分の存在も相手に主張する。
「「事情が出来て、3日程空けるので宜しくっ‼」」
ガヴィエラの声とキールの声が、見事に重なって、若宮家のリビングに響き渡る。
――夜更けの電話の第一声としては、相当にいただけない。
「……ガヴィ……キール……」
片手で顔を覆った天樹は、ひとつ大きく息をつくと、ガヴィエラとキールを横に押
し出すように、TV電話の前へと立った。
「夜分にすまない、准将。俺ではこの二人を止められないんだ」
『……閣下?』
不審そうに眉をひそめていたらしいカーウィンの表情は、そこに天樹が加わった事によって、更に面食らったような表情へと変わった。
「ちょっと、アクシデントがあった。本来なら俺一人で何とかしなくてはならない事だったんだが……二人を巻き込んでしまった」
『……アクシデント、ですか』
TV電話の画面越しにも、思慮深げなカーウィンの表情が、よく映っている。
「状況によっては、反政府組織と事を構える結果になるかも知れない。ただ、軍警察や情報局に間に入られると、収まるものも収まらなくなってしまう可能性がある。だから3日でいい、何とかその間の事を頼みたい」
要は自分の不在に目をつぶって欲しいと、天樹はそう言ったのである。
始終居所のハッキリしない将官もいると聞くなか、こと本多天樹に関しては、今まで一度もそう言った事がなかっただけに、いくらカーウィンと言えど、その「アクシデント」の中身は気になった。
だがそれを表には出さないよう、わざと諦めにも似た表情を見せて、画面に向き直る。
『3日――で、いいんですね?』
「准将……」
『そこの二人は、どうせ巻き込まれたと言うよりは、喜んで首を突っ込んだんでしょうから、お好きなようにお使いになれば宜しいでう。止めはしません』
天樹自身はともかく、ガヴィエラとキールに関しては、間違いなく、引き留められると思っていただけに、これには天樹が驚いた。
「お好きなように、って……」
『無論、反政府組織などと言うのも聞き捨てはなりませんが、その3日の中に、私と常識についての論争をする時間は、おありではないでしょう。常に連絡を取れるようにさえ、しておいて頂ければ結構ですよ。ご希望通り、後の事は何とかしましょう』
……言葉の端々にひそむトゲには、天樹は敢えて気付かないフリをした。
「すまない、准将」
『いえ。宇宙空間以外で、閣下に頼みごとをされるなど初めてですからね。そのご信頼は、有難く承りますよ』
そう言って笑ったカーウィンは、ところで……と呟いて、天樹の後方に立つガヴィエラとキールに、再度視線を投げた。
『キール、ガヴィ、聞こえてるな?お前たちについては、私を夜中に叩き起こした礼もあるが、代わりにこき使われるエノー、ランドール両大尉の礼も、高くつくぞ。経費や閣下のポケットマネーでは無論受け付けんから、そのつもりで励むんだな』
「「えっ⁉」」
異口同音に抗議の声をあげかけた二人だったが、時すでに遅く、TV電話は見事なタイミングで、カーウィンの方から切られた。
「……どうして、俺が払うって言うのを見透かされたんだろう」
これ以上、その「アクシデント」について根掘り葉掘り聞きたくなる前に、自ら通話を切ったカーウィンの配慮は、無論察した天樹ではあったが、口をついて出たのは、何故かそんな、どうでも良い事であった。
「どうしよう、キール⁉カーウィンってば、あれで結構、舌肥えてるのに!」
「そりゃあ、おまえ……ワリカンだろ。何を言ってんだよ、今更」
別室の貴子を気遣ってか、ガヴィエラとキールの「対策会議」はあくまで小声である。
天樹は苦笑して首を二、三度横に振ると、話題を引き戻すように、卓上の書類を再び手に取った。
「とりあえず、夜が明けたらまず“使徒”の動きから探る。そのアルシオーネ・ディシスと言う男の単独犯行なのか、組織としての動きなのか、そのあたりを特定しない事には、始まらない。人海戦術がとれない以上は、最良ではないが、やむを得ない方法だろう」
はた、と二人もが軽口を閉ざして、天樹を見やった。
「それなら先輩、今から俺かガヴィの官舎へ行って、コンピュータを立ち上げましょう。仮に機密情報やハッカー阻止コードに抵触したとしても、カーウィンが何とかしてくれる筈ですし」
そう提案したのはキールの方で、ガヴィエラも賛成とばかりに大きく頷いたのだが、天樹は首を縦には振らなかった。
「言っただろう、今の時点で『地球軍の軍人』としては、動くべきじゃないと」
「けど、先輩……」
「それと、むざむざ軍内部に、この件についての情報が漏れるような愚を冒す訳にもいかない。やたらとアクセスしていては、誰に気付かれないとも限らないんだ」
「……やっぱり、内通者をお疑いですか」
「俺は可能性の問題を言っているだけだよ、キール」
実は充分に疑っている言い回しなのだが、それに気付かないキールではない。
「……分かりました」
こう言う時、ガヴィエラはキールに会話の舵取りを任せて、余計な差し出口を挟む事はしない。
それぞれの強みを良く分かっている、実に良く出来たコンビと言えた。
「改めて頼むよ、キール、ガヴィ」
腹を括り、決断を下した時に見せる厳しい表情で、天樹はそんな二人を交互に見やった。
「――協力してくれ」
一瞬だけ顔を見合わせた、二人は、それ以上の軽口を叩かず、ごくシンプルな一言を同時に返した。
――すなわち「もちろんです」、と。
「さて、いつまでもここにいても怪しまれるな。いったん戻ろうか。昼前後にまた、連絡する」
「…………」
頷いて、軽く頭を下げたキールの眉が僅かに顰められている事に、この時ガヴィエラだけが気が付いていたが、キールがそれ以上何も言わないので、ここは黙って追随するより他はない。
話の切り上げ時と判断した天樹が貴子を呼ぶと、やはり休めてはいなかったのだろう。
さほど間を置かずにリビングへと現れ、しきりと泊まっていく事を三人に勧めた。
ただ、三人とも着替えひとつ用意していない事も確かなため、それぞれが、いったん官舎に戻ると、頭を下げた。
「心配しないで下さい……と言っても難しいとは思いますが、せめて信じていただけると、有難いです」
不器用な中にも伝わる真摯さが、いかにも天樹らしいと貴子は思い、何とか笑顔を作りながら、頷いた。
「ごめんなさいね、迷惑をかけて」
「俺の事はいいですよ。それよりも、ガヴィやキールに、美味しい物を今度出していただけたなら、それで充分です」
出来るだけ明るい言い方をして、天樹は二人を促して、若宮家を出た。
「――じゃあ先輩、ガヴィは俺が送りますから、またあとで。連絡お待ちしてます。……抜け駆けはなしでお願いしますね」
あくまで、にこやかにキールは天樹に釘を刺し、二人と一人が、そこで別れた。
別れた、筈だった。
――夜はまだ、続いている。