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虚空のシンフォニア――序奏・黎明の迷宮――  作者: 渡邊 香梨
第四章 過去からの挑戦状
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天樹Side3:レイニーデイ9

「……忠告は、有難く承るよ」


 良く分かったとばかりに、苦笑寸前の表情を閃かせた天樹に、ガヴィエラとキールは、どちらからともなく、顔を見合わせた。


一瞬頷きあい、そうして若宮家のTV電話(ヴィジフォン)の前に、二人は走る。


「ちょっ……二人とも何を――」


 怪訝そうにな天樹の視線の先で、実際にTV電話(ヴィジフォン)を手にしたのは、ガヴィエラだ。


「あ、もしもしカーウィン?」

「⁉」


 弾かれたように天樹が二人を振り返ったが、手遅れである。


 キールが画面に立つガヴィエラの横に割り込んで、自分の存在も相手(カーウィン)に主張する。


「「事情が出来て、3日程空けるので宜しくっ‼」」


 ガヴィエラの声とキールの声が、見事に重なって、若宮家のリビングに響き渡る。

 ――夜更けの電話の第一声としては、相当にいただけない。


「……ガヴィ……キール……」


 片手で顔を覆った天樹は、ひとつ大きく息をつくと、ガヴィエラとキールを横に押

し出すように、TV電話(ヴィジフォン)の前へと立った。


「夜分にすまない、准将。俺ではこの二人を止められないんだ」

『……閣下?』


 不審そうに眉をひそめていたらしいカーウィンの表情は、そこに天樹が加わった事によって、更に面食らったような表情へと変わった。


()()()()()()()()()()があった。本来なら俺一人で何とかしなくてはならない事だったんだが……二人を巻き込んでしまった」 


『……アクシデント、ですか』


 TV電話(ヴィジフォン)の画面越しにも、思慮深げなカーウィンの表情が、よく映っている。


「状況によっては、反政府組織(レジスタンス)と事を構える結果になるかも知れない。ただ、軍警察や情報局に間に入られると、収まるものも収まらなくなってしまう可能性がある。だから3日でいい、何とかその間の事を頼みたい」


 要は自分の不在に目をつぶって欲しいと、天樹はそう言ったのである。


 始終居所のハッキリしない将官もいると聞くなか、こと本多天樹に関しては、今まで一度もそう言った事がなかっただけに、いくらカーウィンと言えど、その「アクシデント」の中身は気になった。


 だがそれを表には出さないよう、わざと諦めにも似た表情を見せて、画面に向き直る。


『3日――で、いいんですね?』

「准将……」


『そこの二人は、どうせ巻き込まれたと言うよりは、喜んで首を突っ込んだんでしょうから、お好きなようにお使いになれば宜しいでう。止めはしません』


 天樹自身はともかく、ガヴィエラとキールに関しては、間違いなく、引き留められると思っていただけに、これには天樹が驚いた。


「お好きなように、って……」


『無論、反政府組織(レジスタンス)などと言うのも聞き捨てはなりませんが、その3日の中に、私と()()()()()()の論争をする時間は、おありではないでしょう。常に連絡を取れるようにさえ、しておいて頂ければ結構ですよ。ご希望通り、後の事は何とかしましょう』

 

 ……言葉の端々にひそむトゲには、天樹は敢えて気付かないフリをした。


「すまない、准将」


『いえ。宇宙空間以外で、閣下に頼みごとをされるなど初めてですからね。そのご信頼は、有難く承りますよ』


 そう言って笑ったカーウィンは、ところで……と呟いて、天樹の後方に立つガヴィエラとキールに、再度視線を投げた。


『キール、ガヴィ、聞こえてるな?お前たちについては、私を夜中に叩き起こした()もあるが、代わりにこき使われるエノー、ランドール両大尉の礼も、高くつくぞ。経費や閣下のポケットマネーでは無論受け付けんから、そのつもりで励むんだな』


「「えっ⁉」」


 異口同音に抗議の声をあげかけた二人だったが、時すでに遅く、TV電話(ヴィジフォン)は見事なタイミングで、カーウィンの方から切られた。


「……どうして、俺が払うって言うのを見透かされたんだろう」


 これ以上、その「アクシデント」について根掘り葉掘り聞きたくなる前に、自ら通話を切ったカーウィンの配慮は、無論察した天樹ではあったが、口をついて出たのは、何故かそんな、どうでも良い事であった。


「どうしよう、キール⁉カーウィンってば、あれで結構、舌肥えてるのに!」


「そりゃあ、おまえ……ワリカンだろ。何を言ってんだよ、今更」


 別室の貴子を気遣ってか、ガヴィエラとキールの「対策会議」はあくまで小声である。


 天樹は苦笑して首を二、三度横に振ると、話題を引き戻すように、卓上の書類を再び手に取った。


「とりあえず、夜が明けたらまず“使徒(ディシス)”の動きから探る。そのアルシオーネ・ディシスと言う男の単独犯行なのか、組織としての動きなのか、そのあたりを特定しない事には、始まらない。人海戦術がとれない以上は、最良ではないが、やむを得ない方法だろう」


 はた、と二人もが軽口を閉ざして、天樹を見やった。


「それなら先輩、今から俺かガヴィの官舎へ行って、コンピュータを立ち上げましょう。仮に機密情報やハッカー阻止コードに抵触したとしても、カーウィンが何とかしてくれる筈ですし」


 そう提案したのはキールの方で、ガヴィエラも賛成とばかりに大きく頷いたのだが、天樹は首を縦には振らなかった。


「言っただろう、今の時点で『地球軍の軍人』としては、動くべきじゃないと」

「けど、先輩……」


「それと、むざむざ軍内部に、この件についての情報が漏れるような愚を冒す訳にもいかない。やたらとアクセスしていては、誰に気付かれないとも限らないんだ」

 

「……やっぱり、内通者をお疑いですか」

「俺は可能性の問題を言っているだけだよ、キール」


 実は充分に疑っている言い回しなのだが、それに気付かないキールではない。


「……分かりました」


 こう言う時、ガヴィエラはキールに会話の舵取りを任せて、余計な差し出口を挟む事はしない。


 それぞれの強みを良く分かっている、実に良く出来たコンビと言えた。


「改めて頼むよ、キール、ガヴィ」


 腹を括り、決断を下した時に見せる厳しい表情で、天樹はそんな二人を交互に見やった。


「――協力してくれ」


 一瞬だけ顔を見合わせた、二人は、それ以上の軽口を叩かず、ごくシンプルな一言を同時に返した。


 ――すなわち「もちろんです」、と。


「さて、いつまでもここにいても怪しまれるな。いったん戻ろうか。昼前後にまた、連絡する」


「…………」


 頷いて、軽く頭を下げたキールの眉が僅かに(ひそ)められている事に、この時ガヴィエラだけが気が付いていたが、キールがそれ以上何も言わないので、ここは黙って追随するより他はない。


 話の切り上げ時と判断した天樹が貴子を呼ぶと、やはり休めてはいなかったのだろう。

 さほど間を置かずにリビングへと現れ、しきりと泊まっていく事を三人に勧めた。


 ただ、三人とも着替えひとつ用意していない事も確かなため、それぞれが、いったん官舎に戻ると、頭を下げた。


「心配しないで下さい……と言っても難しいとは思いますが、せめて信じていただけると、有難いです」


 不器用な中にも伝わる真摯さが、いかにも天樹らしいと貴子は思い、何とか笑顔を作りながら、頷いた。


「ごめんなさいね、迷惑をかけて」


「俺の事はいいですよ。それよりも、ガヴィやキールに、美味しい物を今度出していただけたなら、それで充分です」


 出来るだけ明るい言い方をして、天樹は二人を促して、若宮家を出た。


「――じゃあ先輩、ガヴィは俺が送りますから、またあとで。連絡お待ちしてます。……()()()()はなしでお願いしますね」


 あくまで、にこやかにキールは天樹に釘を刺し、二人と一人が、そこで別れた。

 別れた、筈だった。


 ――夜はまだ、続いている。

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