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虚空のシンフォニア――序奏・黎明の迷宮――  作者: 渡邊 香梨
第四章 過去からの挑戦状
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天樹Side2:レイニーデイ8

「ここまで来て『関わるな』とか言うつもりですか?それ、()()って言うんですよ」


「この状況で、単独で出来る事なんて、知れてますよ。心外だな、俺たちもう少し、頼りにして貰ってるものと、思ってましたけど」


「戦場においては、最大限頼りにさせて貰っているよ。俺が言っているのは、現時点で、地球軍の軍人としての二人を動かす訳にはいかない。そういう話だよ」


「でも先輩、今以上に“使徒(ディシス)”が大きな動きを見せてくれば、いずれ軍警察か情報局が動き出すでしょうし、そうなれば、あながち無関係な話じゃなくなるとは思いますけどね」


 まったく、これではどちらが詭弁を弄しているのか分からない。

 鋭い切り返しを見せるキールに、天樹は苦笑した。


「仮にそういう動きが出たところで、どちらも、俺たちのような“宇宙組”の人間を関わらせたくなんてない筈だよ。二人に手を貸して貰う、正当な理由にはならない」

「けど――」


「先輩、でもここで私やキールが引いたら、貴子さんが不安になると思いませんか?本多先輩を、信用するしないの話じゃなくて、絶対的な、数の問題として」


 むしろこの時、キールの「理」ではなく、ガヴィエラの「情」が、天樹の内心をぐらつかせた。


 若宮貴子は、面と向かって弱音を吐くような人ではないが、やはり内心では、一人でも多くの手助けが欲しいに違いない。


「私たち、絶対に軍警察や情報局よりは、役に立ちますよ」


 自信たっぷりに自分たちを指し示すガヴィエラに、隣りでキールも頷いている。


「今更、遠慮しないで下さいよ。昨日今日の付き合いじゃないんですから、俺たち。先輩、()()()()()だけ常識家になりたがってるっていう自覚、いい加減に持って貰えませんか?」


「そういう時?」


「全部を独りで抱え込んでしまおうとする時、ですよ」


 とっさの反論に窮した時点で、天樹の方が分が悪い。


 これ、実はある人からの受け売りなんですけどね……と、軽く右手の人差し指を立てて、ガヴィエラも更にたたみかけた。

    

「先輩、自分がどう思われてるかって事については、無頓着どころか、落第点です。だって『地球軍の軍人』なのって、私たちだけじゃないのに。先輩だけが一個人だと思ってたって、外部(そと)から見たら同じだって言うの、分かってます?つまりは、私やキールに『関わるな』って言う理屈が通るなら、先輩だって、関わっちゃいけないんですよ」


「いや、だけど俺は……!」


 思わず、声を荒げて立ち上がりかけて、天樹は、はたと、ここが夜更けの若宮家である事を思い出した。


 不本意そうに腰を下ろす天樹を、困ったようにガヴィエラが見つめる。


「うーん……相変わらず強情だなぁ。せっかく、ちょっと説得の方向性変えてみたのに」


「なら、一応正攻法もいっとくか?」


 選手交代、とばかりにガヴィエラの肩を軽く叩いて、キールが笑う。

 天樹は何とも言えない表情で、そんな二人から視線を反らしていた。


「アルシオーネ・ディシスという人物が、たとえ知略の人だとしても、組織としての“使(ディ)シス”は反政府組織ですよ。話を聞いた以上は、治安法の観点から言っても、上官を警護するのが必然でしょうし、副司令官に、警護の許可も打診しないといけませんよね」


「……キール」


「そうなれば立派な『公務』ですし、俺やガヴィが動くのには、何の支障もなくなる」


 ただ少将である先輩は、身動きとれなくなるかも知れませんが――などと、ほとんど瑣末事のようにキールは言い、天樹はおろか、ガヴィエラをも、しばらく絶句させた。


「……それ正攻法なの、キール?」


 正攻法どころか悪辣だ、とはさすがにガヴィエラも口にしないものの、表情には出ていたかも知れない。


「乗りかかった船を、降りるつもりはない……か」

 

 半瞬の絶句から立ち直った天樹は、キールが言いたかった事はきちんと正確に理解していて、諦めにも似た苦笑を垣間見せた。


 それが、本多天樹という人物の人格的な度量の広さなのだろうと、ガヴィエラの方は感心して、続く言葉を待った。


「どうやら、俺の負けだな。二人には、協力して貰わざるを得ないらしい」

「先輩……!」


観念したように、そう言って天井を仰いだ天樹に、キールとガヴィエラの顔が輝いた。


「ただし、カーウィン准将の許可はとってくれ。いくら何でも、艦隊(ウチ)の優秀な若手二人を無断で引きずり回す訳にはいかない」


 天樹としては、それで少しでも二人が怯んでくれればと思ったのだが、意に反して、ガヴィは「大丈夫ですー」と、軽い調子で片手を振った。


「カーウィンが、私やキールのやる事に、ダメなんて言った(ためし)ないですから、心配しないで下さいー」


「――――」


 ハッキリと眉を(ひそ)めた天樹に、さすがに捕捉の必要性を感じたキールが、慌てて割って入った。


「つまりカーウィンは、あれこれ説明しなくても、黙って事情を察してくれる人なんですよ。こちらが話したがらない事を、根掘り葉掘り聞く人じゃない。本当なら、今回も頼って損はないと思うけど、俺たちもそこまでは強制出来ないし……」


 手助けは欲しい。かと言って、いたずらに関係者を増やして、騒ぎを大きくする訳にもいかない。


 そんな天樹の心中を察した、キールの言い方だった。


 現在、第九艦隊の副司令官として、押しも押されぬ地位を築いたリカルド・カーウィンだが、艦隊発足直後の、まだ全ての乗組員の立場が不安定な時期、故人となったロバート・デュカキスと結託して、敵対勢力の突出を防いでいた事は、当人たち以外には、ガヴィエラとキールしか知らない事であった。


 本多天樹の為人(ひととなり)を云々言ったのも、実はその当時のデュカキスだったのだが、それも今、言うべき事ではなかった。要は、伊達に何度も同じ死線をくぐり抜けている訳ではないと、天樹が察してくれさえすれば良いのである。


 とかく天樹も、何か裏があるように見えてしまいがちな、周囲に劣る事のない面倒な性格をしており、気の置けない会話というのは、なかなか成り立たない。たわいもない会話が下手という点から言えば、カーウィンと良い勝負であった。


 それでも、艦隊として成り立っているのは双方の優秀さ故だろうが、こうしてキールやガヴィエラを媒介にしなければ、基本的な意志の疎通にさえ欠ける事もあるのである。


 才能の偏りは、悪しき軍人の性癖と言うべきなのかも知れなかった。

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