ガヴィSide6:レイニーデイ6
「――――え」
今度はガヴィエラが、貴子のこの発言に驚かされた。
とっさに言葉を続けられないガヴィエラに、貴子は苦笑交じりの表情を、そのまま向ける。
「私はね、ガヴィちゃん。水杜の身が今すぐどうにかなるとは思ってないのよ。そのくらいの事は、シオン君に期待できる筈だから。ただ、心配なのは、彼のお姉さんが――」
『ガヴィ』
まだ何か続けようとした、貴子の言葉はそこで、TV電話の向こうのキールの声によって突然遮られた。
『タイムリミットだ。追跡ウイルスが動き出す前に、分かった部分だけコピーして、そっちへ向かう。いいな?』
「……了っ解」
背中越しに軽く片手を振る向こうで、通話は向こうから切られた。
ガヴィエラは、不安げな表情を浮かべた貴子に、にこやかに微笑してみせる。
「大丈夫です。私もね、片手の数くらいは、信用出来る友達を持ってるんです。今から来る相棒、近いうちに貴子さんにも紹介したいって、思ってたところだったんです」
「ガヴィちゃん……」
「根掘り葉掘り聞かずに、手を貸してくれるくらいの度量はありますよ。一応ね、私がこの世で一番信用している人間なんで」
本人には内緒ですよ、つけあがっちゃうんで…と、場の空気を和ますように、わざと軽い言い方を、ガヴィエラは、した。
「あ、何なら、そのシオンって人と、水杜さんとは、いったん無関係って事にしておきます。多分いずれはそうもいかなくなるとは思いますけど、今だけなら」
「……ありがとう」
そんなガヴィエラに、貴子の表情も少しだけ和らいだ。
「それはいいのよ、別に。進んで話す事ではないと思うけど、聞かれて困るような事でもないから。けれど貴女も、まして貴女のその、大事なお友達は、水杜とそれほどの接点がある訳ではないでしょう?だから、こうやって話を聞いて貰っただけで充分よ。後は私が、心当たりを捜して、シオン君を説得に行くわ」
「えっ⁉や、でも……」
「でも、そうね。せっかくだから、そのお友達が、持って来てくれるっていう資料だけは、頂くわね。だからこの事は、貴女とお友達、二人だけの胸に収めておいて貰えるかしら」
てっきり、自分たちを頼って貰えると思っていただけに、ガヴィエラの面食らい方は半端ではなかった。
ガヴィエラの聞き間違いでなければ、巷で反戦組織と言われる程の集団相手に、説得に乗り込むと、今、言わなかったか。
――しかも。
「丸腰、単身で反戦組織相手に『説得』ですか?何言ってるんですか、貴子さん。しかもそれって、全部が解決したとしても、本多先輩には言わないって事ですよね?それは流石に私も、はい分かりましたなんてすぐには――」
その時、TV電話ではなく、来客を告げるチャイムの音が、二人の会話に割って入った。
「……っ」
ハッと顔色を変える貴子を、片手でガヴィエラが制する。
「私が出ます。噂の相棒が、スピード違反で飛ばしてきたのかも知れないし、そうでないなら尚更、貴子さんは出ない方がいいです」
椅子にかけてあったジャケットから、小型の銃を取り出して、ガヴィエラが、ゆっくりと玄関へ向かった。
足音を殺し、銃を構えながら、外の足音が、ドアへと近付いてくるタイミングを見計って―― 一気にドアを開け放つ。
「誰っ⁉」
「な……っ」
相手の手は、しかし、洋服の内ポケットから銃を出しかけたところで、急停止した。
「……あれ?」
鉢合わせた格好で、目の前の相手をすぐさま認識したガヴィエラの表情にも困惑の色がありありと浮かんだ。
「……本多先輩……」
軽く目を瞠って、驚いたようにそこに立っていたのは、彼女のまぎれもない、そして比類なき上官、本多天樹その人であった。
「……ガヴィ」
互いの立場上、当然、誰何する権利は、天樹の方にある。
「……どうして、こんな時間に、君がここに?」
それも当然の質問だったのだが、この時ガヴィエラは、天樹に説明するための言葉を全く用意していなかった。
いきおい、その答えも、かなり不自然なものとなる。
「いやぁ……水杜さんに、本なんか……借りに?」
「本?」
右手に銃を持ちながら言う台詞でない事だけは確かである。
案の定、天樹は形の良い眉を勢いよく跳ね上げた。
「本、ね」
冷やかさの宿る声とともに、訝しげに、彼女が持つ銃へも視線が投げられる。
それに気付いたガヴィエラも、今更だが、慌てたように、銃を背中へと隠した。
「いや、ほら先輩、前に言ってたでしょ?水杜さ――若宮さんがどんな人なのかは、会えば分かるって。だから私、早速会いに来てみたんです。そしたら、ほらっ、もうすっかり本の貸し借りなんか出来る仲になっちゃって。これだったら、これからも上手くやっていけそう、とかなんとか……あははっ」
本多天樹の為人は、一言で言えば穏健派の、良識派である。少なくとも、軍の中ではそう思われている。
だが彼も、まがりなりにも一つの艦隊を率いている「司令官」なのである。他者を圧倒するだけの空気は、確かに彼も持ち合わせていた。
無言の天樹から、ガヴィエラは、表情を強張らせて、数歩後ずさる。
「そ、それより、先輩どうしたんです?確か今日は予定があるとかで、早く帰ったんじゃ――」
慌てたように言いかけて、ガヴィエラはそこで、自分が墓穴を掘った事を悟った。
(うわ、馬鹿ぁ……何言ってんだ、私)
彼の予定は若宮水杜と会う事だった筈だ。
「本当は、今日、彼女と会っていろいろと話を詰める予定だった。ただ、具合が悪くなったと聞いたからね。まあ、お見舞いといったところかな」
(コワイコワイ、先輩、声色がコワイ)
さすが気配りの人…などと呟きながらも、内心のガヴィエラは、完全に白旗モードだ。
貴子と知り合って、日の浅いガヴィエラでさえ、彼女の様子がおかしいと思ったのだ。
かつて交流があったと言う天樹なら、尚更不自然に見えたに違いない。
「ガヴィ」
背後に吹雪が見えた気がした。
「三度は聞かない。どうして、君がここにいる?」
「……えーっと……」
即答が出来なかった時点で、運命の女神はガヴィエラの味方をしなかったと言う事なのだろう。
「あ、おいガヴィ!」
更にタイミングが良いと言うべきか、悪いと言うべきか、そこにキールが現れたのだ。
「うわっ、キール……!」
ガヴィエラは、思わず天を仰いだ。
「ああ本多先輩もいらしてたんですね、ちょうど良かった。大体の事情は飲み込めてきましたよ。それで、ある程度“使徒”の資料は引き出してきましたけど、どうします?内密で引き出させたって事は、内通者の心配もある訳でしょう?話はここでしますか?それとも、どこか場所を変えますか?」
道路脇に車を止めて、走りよってくる部下に、天樹の表情が自然と険しくなった。
「……キール」
「先輩?」
玄関先のただならぬ空気に、ようやくキールも気が付いたのだろう。
二人のはるか手前で、ふと足を止める。
「悪いがキール、俺にはその『事情』というのは、全く呑みこめていないんだ。おまえとガヴィの、どちらに聞けば、きちんと説明をしてくれる?」
「え……」
何があったんだ、と言わんばかりの視線を、今度はキールがガヴィエラへと向ける。
「あー……まいったぁ……」
答える代わりにガヴィエラは、そう言って片手で顔を覆った。