表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虚空のシンフォニア――序奏・黎明の迷宮――  作者: 渡邊 香梨
第三章 再会の波紋
29/108

ガヴィSide5:レイニーデイ5

 実際に、電話が再び鳴り響くまでの間、その沈黙は、お世辞にも心地よいものとは言えなかった。


 静まり返った部屋に響いたベルの音は、心なしか、さっきよりも大きく思える。


「あ、これきっと私宛ての電話です。出てもいいですか?」

   

 腰を浮かしかけた貴子を制するように、素早く立ち上がったガヴィエラが、通話ボタンをプッシュする。 


「もしもし?」


『まったく、おまえの人づかいの荒さには呆れるよ』


 貴子の耳にも、その声は届いていた。ただしガヴィエラが、やはりTV電話(ヴィジフォン)の画面をふさぐようにして立っているため、その姿は視界には映らない。


 この時点で、キール・ドワイト・レインバーグという固有名詞も、その為人(ひととなり)も、貴子は知らなかった。


「ひどい言われよう。声かけなかったら、かけなかったで、怒るくせに。まあ、その話は今はいいか。急いでるから。それでどうだった?」


 ガヴィエラの右手が、すっと動いた。


 電話の相手は当然、それに対して何かを答えたに違いないのだが、彼女がどこをどうしたのか、その会話は、突然、一方的にしか聞こえなくなった。


 家主が知らない機能を、彼女は駆使しているようであった。


「…………へえ」

「――っ」


 彼女(ガヴィエラ)の口から漏れた、それまでとは違った冷ややかな声に、貴子が目を瞠る。


 軍人としての、それは日常なのか。貴子が思わず気圧されたほどの、それは厳しい表情と、声だったのである。


「……分かった。それじゃあ、もうちょっとだけ、そこでデータ揃えてくれないかな……え?うん、どこからにしても、その検索が妨害されてくるまでの間でいいから、お願い」


 通話回線を、開いたままにしている事を悟られないよう、TV電話(ヴィジフォン)の画面を背に、ガヴィエラはゆっくりと振り返った。


「……『ご無沙汰していました、ミセス貴子。少しの間、彼女をお借りします。僕の未練だと、笑って見過ごしていただけると有難いのですが』……ですか?」


「……っ!」   


 椅子、テーブル、共に大きな音をたてて、貴子が立ち上がった。

 蒼白になった顔色が、その発言の信憑性を裏付けている。


「これ内緒なんですけどね、貴子さん。軍警察って所は、要人の誘拐事件や恐喝事件の証拠能力を高める為とか言って、人ん()の交信記録を、何日分か残してたりするんですよ。で、ちょっと今、相棒にそれ確かめて貰ってたんですけど」


「……ガヴィちゃん」


「ごめんなさい、勝手な事して。でも今、結構、非常事態なんじゃないですか?それでも貴子さんが言いたがらないところを見ると、この電話の相手を、貴子さんは良く知っていて、でも軍関係者、というよりは本多先輩の関係者かな?とにかく、そういう人たちには言いたくない相手、って感じなんですけど、何か間違ってますか?」


 凍りついたように立ち尽くす貴子は、すぐには言葉を発しなかった。



「あ……『先輩』って言うのは、私や相棒の士官学校生時代に、とある調査に来た本多先輩をてっきり上級生だと思い込んで、そう呼んでた頃の名残なんですけどね。先輩が、好きに呼んで良いって言うんで、結局そのまま」


 貴子の気分を解そうと、わざと違う話題で微笑して見せてから、ガヴィエラは思い切って、自分の推論を貴子にぶつけてみた。


「実は水杜さんの事は、軍の間でもまだ非公開だって聞いてるんで、今の電話の相手が、軍関係者である可能性って、ほとんどないんですよ。だからどっちかと言えば、反戦組織(レジスタンス)寄りの人たちが、水杜さんを思い留まらせようとして、何か行動を起こしたのかなぁ、と思ったんですけど。……実際、水杜さんの身に、何かあったんですよね、貴子さん?」

 

「……っ」


「本多先輩の部下としてじゃなく、夕食と本の御礼に、ガヴィエラ・リーン一個人として、協力する。……とかじゃ、だめですか?余計な事かも知れないですけど、貴子さん、独りで辛そうに見えるし」


 明らかに動揺の色を見せた貴子に、もう一押しかな、と思ったガヴィエラは、敢えてそこで口を閉ざして、貴子の顔を覗き込んだ。


 あとは貴子が、ガヴィエラ・リーンという人物をどう判断するかだけだ。


「……シオン君は……」


 そしてどのくらいの時間がたったのか、ようやく決心を固めたように貴子が話し始め、内心でほっとしつつも、ガヴィエラは、それ以上貴子を動揺させる事のないよう、しばらく無言で、言葉の続きに耳を傾けた。


「彼は一年半程前に、国立図書館を辞めて、“使徒(ディシス)”に身を投じた筈の子よ。ずっと、どうしているのかも知らなかった。ただ『ミセス貴子』なんて……あんな呼び方をするのはあの子だけだから。だから……」


「……“使徒(ディシス)”?」


 TV電話越(ヴィジフォン)しの相棒(キール)にも聞こえやすいよう

に、ガヴィエラはその部分だけを、もう一度繰り返した。必要ならば、彼がすぐさま資料を揃えるだろう。


 日頃、金星(ヴィナス)軍にばかり目を向けているガヴィエラには、正直、その名称がピンときていなかった。


「あの子はきっと、水杜に“アステル法”の諮問会とやらを放棄させたいんでしょうね……」


 そんなガヴィエラの仕草に気付く事なく続く貴子の声に、ガヴィエラの意識もそちらへと引き戻される。


 ――貴子の顔に浮かんでいた微苦笑を、確かに見た。


(やっぱり、相手どころか、その動機まで、ちゃんと分かってたんだ……)

 

 確かに、このままいけば、事情はどうであれ、水杜が軍の諮問会を放棄する事になると、今更ながらに、ガヴィエラも気が付いた。


 そうなれば、彼女の能力の是非はともかく、上層部からの印象は著しく低下し、当面は軍から敬遠される可能性が限りなく高い。


 かと言って、彼女を殺害してしまっては、反戦組織(レジスタンス)に軍が介入する格好の口実になってしまう――とすれば『監禁』は、これ以上ない妥当な方法だ。


 軍の実情など知る由もない貴子にしても、無意識のうちにそれを感じ取ったのだろう。

 何と言っても彼女は、若宮水杜の『母親』だ。 


「馬鹿よね、シオン君も……」


 だからこそ、貴子は苦笑交じりに首を振って、呟いた。



水杜(あのコ)が、一度決めた事をたやすく覆す性格かどうかくらい、二年も()()()()()()()のなら、良く分かってるでしょうに……」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ