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虚空のシンフォニア――序奏・黎明の迷宮――  作者: 渡邊 香梨
第三章 再会の波紋
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キールSide:レイニーデイ1

「……『最後の王家』『ジェラール・ハイドにみる兵法の哲学』『語学の源流』……おまえさ、それをどうしようっていうんだ、いったい?」


 ――翌朝。


 地球軍統帥本部の中を、足早に宇宙局の棟へと歩くガヴィエラを見つけたキールは、その鞄から覗く本の異質さ、と言うよりは節操のなさに、眉をひそめた。


「どうって……読むんじゃない、もちろん」 


 他にどう解釈のしようがあるの、と返すガヴィエラに何か言いかけて、そこではた、とキールは言いかけた言葉を飲みこんだ。


「……さては若宮女史宅からの『戦利品』か、それは」


 とぼけるには、ガヴィエラのタイミングは遅すぎたようである。やっぱりな、とキールは舌打ちした。


「昨日のおまえ見てたら、どうせそんな事だろうと思ってたんだ。若宮女史がどんな人なのか、昨日の話だけじゃ、飽き足りてなかっただろ?」


「飽き足りる、なんて言うほど何にも話して貰ってなかったと思うけど」 


「そう返すって事は、やっぱり行ったんだな」


「……えーっと」


 今更である。わざとらしく前髪をかきあげながらそっぽを向くガヴィエラを、キールは軽く小突くより仕方がなかった。


「それで、抜け駆けした感想は?」


「人聞き悪いなぁ……でもまあ、基礎知識の豊富な人には違いないよね。どんな角度からどんな話しても、何かしらの答えは返ってくるんだもん。うん、あれは大したものだと思うよ?」


「巷の噂に、尾ひれはついてないと?」


「うん。でも本人、結構それをコンプレックスみたいに思ってるところもあって……結構、『普通の人』に見えたかな」


 普通の人、というガヴィエラの言い方に、興味を惹かれたようにキールが顔を上げる。


「ただ出来すぎの部分にばかり、憧れられるのは苦痛――と?」


「虚像が一人歩きしたところで、嬉しくもなんともないでしょ。度を越すと重荷になるだけだし。あとはそれを、どう受け止めていくかじゃないのかな。天才と凡人の違いなんて」


「それで、若宮女史はどっちだと、おまえは思ったんだ?」 


「…………」


 ガヴィエラは、そこで即答しなかった。


 一瞬考える表情を見せていたが、その後、意味ありげな視線に変わる。


「……そこまでは分かんないかな、まだ」

「……へぇ」


 ともかくも、キールに分かったのは、若宮水杜という女性を、どうやら彼女は気に入ったらしいと言う事くらいであった。 


 白兵戦の実戦トレーニングの傍ら、様子を見に来たカーウィンに、キールはガヴィエラの「抜け駆け」を、そんな風に告げた。


「いいんじゃないのか?上官の持つ空気は、下士官にも伝染しやすい。ことガヴィほど、好き嫌いの分かり易い人間もいない。艦隊内部の空気を重苦しくしないためには、その方がめでたいと言わねばならんだろう」


 カーウィンの返答は、実にあっさりとしていた。


 基礎体力を鍛えるトレーニングや、実戦形式の白兵戦トレーニングは、軍人にとっては必然性の高いものである。特に責任範疇の狭い下士官たちにとっては、日頃の訓練が文字通り生死を分ける。


 いきおい、訓練も迫力あるものとなった。


 階級が上がり、今や訓練を指導者する側に立つキールは、更に監督者たる立場に立つカーウィンと共に、訓練の様子を視界に留めつつ、話を続けていた。


「それにガヴィが()()()()のなら、逆に疑ってかかるのが、おまえだ。そういう意味でも、私は心配などしない」


現在、彼らの視線の先で訓練の相手をしているのは、ガヴィエラとその部下、アンリ・エノー大尉である。赴く先が戦場である以上、「指導」として浴びせられている言葉も、容赦のないものが多いのだが、それが日常茶飯事である以上、キールやカーウィンが、その一つ一つを気に留める事はなかった。


「女史の事、全然気にならないわけ?」 


「いずれ嫌でも顔を合わせるのなら、妙な先入観は持たないに越した事はない」 

「……大人だね」

「何を今更」 

「言ってて、俺もそう思ったけど」 


 元はと言えば、ガヴィエラやキールが士官学校生だった頃に、戦傷のために前線をいったん離れ、臨時教鞭をとっていたのが、カーウィンである。


 何度か起きた学校内でのトラブル解決にあたるうちに知り合ったのが、きっかけと言えばきっかけだったが、ガヴィエラ・リーンという〝楔〟がなければ、もともと彼らの口数はそう多くない。      


 

 この時も、キールが思いついたように次の言葉を発するのには、しばらくの間があった。


「そういえば、今日はきちんと出て来られてるのかな……朝から俺、姿を見かけてないんだけど、まだ」


「閣下の事か?今頃、幹部士官の緊急脱出用通路でも使って、自室に辿り着いてるだろう。幹部士官ともなれば、戦場に出ずとも、決裁の必要な書類は山ほどある。まさか、雲隠れと言う訳にもいくまい」


「……あ、そう」


 気の毒な話だよなぁ、と呟いたキールの表情はしかし、とても言葉通りのものではない。


 つまりは、ガヴィエラに「抜け駆け」された事が面白くないのだな、とカーウィンは推測した。


「心配せずとも、若宮女史が正式に来るとなれば、放っておいても騒ぎは起きる筈だ。好むと好まざるとに関わらず、出番はあるだろう」


「ひどいな、カーウィン。それだと、まるで俺が何かしら、騒ぎが起きるのを期待しているみたいに聞こえる」


「単に、その表情から推測してみたまでの事だ。違うか?」


 キールは直接それには答えず、苦笑を浮かべて、訓練の方へと視線を戻した。


「……俺も近々、ガヴィについて行ってみようかな……」


 ――この何気ない呟きが、まさかそう遠くない未来に現実のものになろうとは、彼自身思いもしていなかった。


 ただ後日、思っただけである。

 余計な呟きは、するものじゃないと。

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