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虚空のシンフォニア――序奏・黎明の迷宮――  作者: 渡邊 香梨
第三章 再会の波紋
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ガヴィSide3:突撃!お宅訪問(後)

「そりゃあもう、士官学校以前、幼年学校時代から、どっぷりと……ですね」


「それじゃ尚更、私みたいなのは気に入らない、か」


「え?ああ、私が女史の事を、って意味ですか?やだな、勘繰り過ぎですよ。私が早くから軍にいたのは、それしか生き方がなかったからであって、他人を羨む事じゃないし。今日来たのは、ホントただの好奇心ですって。難しい理由なんてないです。ごめんなさい」


 そう言って、ぺこりと頭を下げるガヴィエラに、水杜が興味深げな表情を向けた。


「好奇心?私なんかに?」


「え、例えば〝天才歴史学者〟の生活ってどんなんだろうとか、何か珍しい本とか持ってたりするのかな、とか?こう見えても、地球(テラ)国立図書館の貸出会員証持ってますからね、私」


 どうだ、と言わんばかりの仕種に、水杜の口元に、思わず…と言った微笑が浮かぶ。


「あ、笑った」

「――え?」


「だってお母さんと打ち解けて、肝心の女史と気まずいまんまじゃ、本末転倒だし。あ、ほとんど年変わらないんですから、敬語じゃなくていいですよ?今日は軍人としてじゃなく、()()()()来てるんですし、ね」 

    

 水杜がガヴィエラの訪問目的を察知した事を見抜かれた上で、それを会話の中に自分で取り上げて、ウインクしてみせるのだから、ガヴィエラ・リーンも一筋縄ではいかない人間と言う事なのだろう。


「……貴女(あなた)もね」


 柔らかい表情を崩す事なく、水杜はそう答えた。


「それに……母は私と違って、すぐに誰とでも打ち解けられるのよ」

「あははっ。でも私、ああいうお母さんは好きですよ。毎日楽しそうで、羨ましい」     

「リーン少佐のところは違うの?」

「さあ?比較しようにも、顔も知らないので」


 何でもない事のように言って、ガヴィエラは肩をすくめる。


「今のこのご時世じゃ、そう珍しい事でもないでしょう?まあ私の場合は、父親の顔も知らないんですけどね」


「…………」


 水杜が一瞬、かける言葉に詰まった。


 確かに、両親ともに健在な家庭は、過去に 比べれば、減少の一途を辿っている。 


 父親がいないという点では、似た境遇にあるとも言える彼女が、笑ってそれを口に出来るようになるまで、どれほどの年月を必要としたのか。


 水杜は、それを思わずにはいられなかった。


「あ、やだな、気にしないで下さい?今更ないものねだりする気もないですよ。誰に捻くれるっていうんです?仕方ないじゃないですか」


「ウチの母なら……別に、いつ来て貰っても、喜ぶと思うけど。私はいつも帰るの遅いし、そもそもあまり人を家に呼んだりはしなかったから」


「お母さんを寂しがらせてる、って自覚はあるんですね」


話題を変えるわざとらしさも自覚しているであろう水杜の気遣いを、承知のうえでガヴィエラは笑った。


「じゃ、お言葉に甘えて、ちょくちょく遊びに来ちゃいます。素直なんで、私」


「何だか、私なんかより、貴女の方が母に似てる気がするけど……まあ、退屈じゃなければ、いつでもどうぞ」 


「退屈?」


 ガヴィエラが、思わぬ事を言われたとでも言うように、首を傾げた。

  

「ああ、頭の良い人の為人(ひととなり)は、得てして退屈だ……とか、もしかして昔言われた事があるとか?大丈夫ですよ、そんなの。自分にない、他人の個性ほど面白いものはないし、特に女史くらいの人だと、実は見た目と全然違う部分とかがありそうで、それも楽しみですもん、実は」


 意味ありげにウインクをしてみせるガヴィエラに、水杜が苦笑いを浮かべる。


「……ご期待に添えるといいけど」


「あ、それ違うと思うな。優等生発言ってカンジ。他人の意見に合わせてばっかりだと、自分の個性飛んじゃって、疲れますよ?良い意味で意表を突いて貰えるのを、私は楽しみにしてるんですから」


「……じゃ、書斎にある本でも、読んでみる?私の傾向と対策、じっくりとリサーチしてみて」

 

 一見、話が飛んだようにも思えたが、その遠まわしぶりが、水杜が打ち解けてきた兆しなのだと、母・貴子には理解出来ていた。


 話の頃合いと見て、わざと音をたてながらテーブルに料理を並べる。


「ほらほら、ガヴィちゃんも、ビールとおつまみみたいなおかずばかりで、ちゃんと食べてないでしょう?ゆうに三人分あるから、どうぞ食べていって頂戴」


「お母さん、ガヴィちゃんって、今日初対面――」


「いいです、いいです。みんなそう呼んでるんですよ。リーン少佐、なんて言われる方が、それこそ誰の事かと思うくらいで」


 呆れた視線を貴子に向ける水杜に、慌ててガヴィエラがフォローに入った。


「……本当に?」


 やや疑わしげな視線を、水杜がガヴィエラへと投げる。


「はい、()()()()!」

「――――」

「……で、いいって()()()()が……」

  

 水杜とガヴィエラ、双方の視線を受けた貴子の顔は、涼しいものであった。

  

「だからいつも、他人様に『お母さん』なんて呼ばれるのは、嫌いだって言ってるじゃないの。自分が凄い年をとった気になるのよ。ついでに言えば、あなたが『女史』なんて、ご大層に呼ばれているのもくすぐったいしね。似たようなものでしょ」


「どこが――」


「何、何かご不満?」


 何度も言うようだが、水杜が舌戦で貴子に勝てたためしはない。

        

「……ない、けど」 


「それで夕食は食べるの?食べないの?」


「……いただきます……」            


 舌戦に口を差し挟むことを早々に放棄していたガヴィエラは、わざと「いただきまーす」と、明るい声をあげた。


 困惑の表情を隠し切れない水杜に、好意的な視線を投げかけながら。


(会えば分かる……か)


 本多天樹の自身の一端が垣間見えた気がした。


 実力の程など、今は誰にも分からないのだから、何とかやっていけそうだと思えた時点で、それで良いのかも知れない。  


「ガヴィちゃん、ビールもう一缶空ける?」

「あ、はい!」

「もうっ、お母さん!」


 結局夕食を共にし、水杜の書斎から本を何冊か借り出して、その日のガヴィエラは、若宮家をあとにしたのだった――。

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