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虚空のシンフォニア――序奏・黎明の迷宮――  作者: 渡邊 香梨
第三章 再会の波紋
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ガヴィSide2:突撃!お宅訪問(前)

 その夜、若宮家のベルが来客を告げた。

 時計の針も二十時を回り、夜もすっかり更けた時間である。


 だが若宮家の日常としては、娘の帰宅時間には程遠く、それを理解していない知己の方が少ない。  


 自分にも娘にも、来客の心当たりがとっさに浮かばなかった貴子だが、そ知らぬふりを決め込む訳にもいかず、玄関を映すモニターの側へと歩み寄った。


『こんばんはー』


 モニターに映るのは、どう見ても、二十歳そこそこの、少女。


(軍服……)


 いくら簡素な地上用の服と言えど、夫を軍人に持っていた貴子が、気付かぬ服装ではない。


『地球軍宇宙局作戦部第九艦隊所属、ガヴィエラ・リーン少佐です。夜分に申し訳ありませんが、若宮水杜さんにお届け物があって、お邪魔しました』


 豪奢な金髪のポニーテールを揺らし、画面越しににこやかに微笑むその顔からは、どうにも軍人らしさが見えず、貴子は一瞬、面食らった。

  

『いらっしゃいますか?』


 重ねての声に、はっと我に返る。

 相手が軍人であろうとなかろうと、現在は事実を伝えるより仕方がない。


「あの子なら、まだ帰ってないんだけど」 

『え?』


 案の定、モニター越しにも面食らった表情を、少女は見せる。

 

『まだお帰りじゃないんですか?』


「やっぱり、世間一般の概念からすると、非常識の部類に入るのかしら?最近慣れさせられてて、分からなくなってたんだけど」


『……はあ』


「まあ、それでもせっかく来たんだから、上がってコーヒーでも飲んでいく?何なら夕食もこれからだから、一緒に食べる?」


『いえ、私は別に……』


「書類にかこつけて、ウチの()()()の顔を見に来たんでしょう?目的は果たして帰らないと、そう何度もウチに来る理由なんて見つけれないんじゃないのかしら?」


『…………』


 初対面の人間に核心を突かれ、完全に迫力負けしたガヴィエラは、言葉を続けられずに黙り込んだ。


 恐らくは、若宮水杜の母親であろうこの女性――希代の才媛と評判の娘に劣らず、タダ者ではない様に見える。


「どうぞ、今開けるわ」


 結局、貴子のペースに巻き込まれるようにガヴィエラは、若宮家の内部に足を踏み入れたのである。


「……あのぉ……」


 家の奥へと案内されながら、ガヴィエラがおずおずと口を開いた。

        

「いつも、もっと遅いお戻りなんですか?」


 そうね、と背中越しに貴子は、何でもない事のように答えた。


「本に没頭しだすと、時間忘れるみたいだから、あの子。この前本多君から電話があった時も、そんなんだから『国立図書館へ行け』と言った覚えがあるわ。ただ貴女だと、あの子と顔見知りじゃない分、そもそも受付から取り次いで貰えないと思うから、だから家に上げたのよ。了解?」


 ま、本多君と同じ艦隊(ふね)の子なら悪党でもないでしょ、と笑う貴子に、ガヴィエラは返す言葉がない。


 豪快な気質のようでいて、ガヴィエラの訪問の目的も、きちんと読み取っているのだから、恐れいる。


 ガヴィエラは唸るように天井を見上げた。


「……若宮女史は、お母さん似ですか?」

「女史! 女史ですって?」


 居間に入り、ガヴィエラに椅子を勧めながら、とんでもないというような声を、貴子が上げた。


「そんな大袈裟な呼び方しなくていいわよ。さほど年齢変わらないんでしょう?まあ……そうね、あまり似てると言われた事はないかしら。それより何より、狭い家に同じタイプの人間が二人いたとて、つまらないでしょう?」


 コーヒーなどどこへやら、貴子が消えた台所から聞こえる音は、どう考えても夕食の支度の音だ。


()()()()()()だっけ、お酒は飲むの?」 


「はい好きです。……いや、そうじゃなくて」


 確かに資料には、若宮家は現在、母一人子一人だと書かれていた。だとすると、貴子は娘に気を遣わせないために、敢えて明るく振るまおうとしているのかも知れない。


 そんな事を考えつつも、ついその手はビールを受け取ってしまっている。


「多かれ少なかれ、あの子みたいな民間の()()()が、職業軍人の中に入ろうなんて、面白い話じゃないでしょう?貴女(あなた)みたいに、正直に()()()()()人の方が、いっそ気持ちが良く

て、私は好きよ?」


「えっ⁉いや、そんな……ことは……」


 ビール片手に慌てて反論しかけたガヴィエラだが、手際よく料理を並べながら、くすくす笑う貴子を見ていると、反論の余地が見い出せない。


 まるっきり、話の主導権がとれないのだ。


 これは、どうしようもない――。

 ガヴィエラは、諦めるよりほかなかった。


「……あ、美味しそう」

「そうでしょう?意外とビールにも合うんだから」 


 ――そうして当の若宮水杜が帰宅した時、転がるビール缶と、近来にない家の中の盛り上がりとに、彼女は絶句せざるを得なかったのだ。


「……何、これ……」

「あら、おかえり」


「あ、おかえりなさい……じゃなかった、初めまして!えー、第九艦隊で戦闘機乗り(パイロット)をやってます、ガヴィエラ・リーン少佐でーす。以後、お見知りおきを!」


 ……とっさに言葉を返せなかった水杜を、一体誰が責められるだろうか。


「えーっと、今日は参考になればと思って、過去の“アステル法”に関する諮問会の資料、持って来たんです。ご馳走になってたのは、単なる成り行きでーす」

  

 陽気に放たれたガヴィエラの言葉だったが、水杜がふと、顔つきを変えた。


 母・貴子と同じ思考回路を辿ったのかどうかはともかく、彼女にも、ガヴィエラの訪問の意図は察しがついたようである。


「好きだなぁ……勘のいい人って」


 酔いを隠すかのように、ガヴィエラが口もとに笑みを浮かべる。


 貴子が、水杜のための料理を取りに、席を立ったタイミングを見計らうように、ガヴィエラが書類を手渡しつつ、事務的な用件を幾つか告げたが、それらはいずれも、時を急ぐような内容ではないと、水杜の目にも映ったようだった。


「リーン……少佐?少佐は、士官学校出身ですか?」

 

 見た目はどうみても水杜より若いが、服装に見られる階級章は、かつて父親も付けていた、少佐クラスの物である。


 果たしてガヴィエラは、否定もせず、くすりと笑った。

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