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虚空のシンフォニア――序奏・黎明の迷宮――  作者: 渡邊 香梨
第三章 再会の波紋
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カーウィンSide2:第九艦隊の事情3

「……何か言いたそうだ」


 天樹はカーウィンのデスクではなく、彼の向かい、来客用のソファへと腰を下ろした。


 背もたれに身体を預け、ゆっくりと足を組み替えて、向かいのカーウィンと、背後に立 つガヴィエラとキールに、微笑してみせる。


(……コワイデス)


 ガヴィエラなどは完全に気圧されていて、すがるような眼差しを、カーウィンの方へと向けていた。  


「閣下……クレイトン大将閣下よりの伝言を、承っておりますが」


 カーウィンも、軽い咳払いでガヴィエラを窘めはしたが、伝言を伝えなくてはならないのも、また確かである。


 結局、三人を代表する形で、カーウィンが話の口火を切るより仕方なかった。

 

 聞こうか――と答える天樹の笑みは、この間崩れない。


地球(テラ)国立図書館在籍の歴史学者・若宮水杜女史を、デュカキス大佐の後任として、“アステル法”をもって招聘したい――この書類は本気か、と」


 一語ずつゆっくりと、確認するように言葉を繋ぎ、カーウィンは上官の顔色を窺った。


 キールもガヴィエラも、同じ様に興味津々と言った態で、それを見守っている。 


 戻って来たバークレーが人数分のコーヒーをテーブルに並べ、部屋の隅に控えたのを横目に、天樹はまずは宣言通りに、コーヒーに口をつけた。


 沈黙を楽しむかのように、やがてその口元に、じわりと笑みが広がる。  


「俺もさすがに、クレイトン大将を相手に冗談を飛ばすような度胸は、持ち合わせていないよ」 


「――っ」


 そこからは天樹の本気が垣間見え、驚愕の表情が、それぞれの個性に応じて広がった。

 閣下、と乾いた声を発したカーウィンを、天樹は片手を上げて遮った。


「悪いけど俺は、今は何も言うつもりはないよ」


 柔らかいが、それはどこか毅然とした意志を感じさせる声だった。

  

「どのみち、今は何を言っても逆効果だろうからね。それよりは、直接彼女を見て貰う方が早いし、賢明だよ」


「……自信、ですか」

「いずれ分かるよ」


 とても万人を納得させ得る答ではないと、どちらも分かってはいたが、それ以上、追及のしようがない事も、また確かだった。


 何分にも、ロバート・デュカキス大佐の後任をと問われて、全員、即座に誰を推挙する事も出来ないのである。


  彼女にその可能性がある、と言われては、この場は引き下がるしかない。


 若宮水杜本人が聞けば、買い被りだと苦笑したに違いないが。


「……ガヴィ?」


 そしてキールはふと、隣りのガヴィエラが、何やら考え込む仕草を見せて、追及もそこそこに、黙り込んでしまった事に気付いた。


「……何か企んでる顔だな」


 えっ?とガヴィエラが顔を上げる。


「やだな、それ考えすぎ。ちょっとびっくりしてただけだってば。そんな、人がいっつも何か企んでるみたいな言い方して。あっ、空戦隊の戦闘訓練の時間だ!さ、お仕事に戻らなきゃっ」


「おい、こらガヴィ!」


 天樹におざなりの敬礼をして見せたガヴィエラは、キールの追及を逃れるように、まさに脱兎の如き勢いで、部屋を飛び出して行った。


「……いいのか、キール?放っておいても」


 露骨に怪しげな態度には違いなかったが、その勢いに負けた、天樹の口調は変わらない。


「まぁいいですよ、どうせ見当はつきますから」


 軍内部でも一、二を争うこのパイロットコンビは、もともとが士官学校時代からの同級生であり、その付き合いは長い。


 キールの口調は、毎度の事だと言わんがばかりに、多分に諦めを含んだものであった。


「まあ、いずれ分かると閣下がおっしゃられるのなら、我々はそれに従うとしましょう。キールもガヴィも、それでいいと言う事のようですし……違うか?」


「……いや、違わないけど」 


 やや不満の残る表情を見せたキールだったが、カーウィンが、口もとに笑みを残したまま、目線でそれ以上の反駁を遮ったために、分かったよ…とでも言いたげに、肩をすくめるしかなかったようだった。


「せいぜい、下士官連中を牽制しておけっていうんだろう?俺もガヴィも理解してるよ」

「すまない。頼むよ、キール」

   

 そう言ったのは、むしろ天樹の方で、たとえキールやガヴィエラと、二人が士官学校生であった頃からの知己であり、気の置けない部下で、友人であると言っても、今のところ信憑性に欠ける話に違いなかろうと言う思いは、あった。


 コーヒーを飲み干した天樹は、そこで軽く片手を挙げると、もと来た入り口を、引き返して行った。軍の少将たる身に与えられた休息の時間は、もとよりそれほど多くない。


「もしかすると……我々がどう言った反応を示すのか、確かめるためだけに、顔を出されたのかも知れないな」


 天樹の立ち去った扉に、一瞬だけ視線を投げながら、残されたカーウィンがふと、浮かんだ疑問を口にする。


 しかしキールは、それには応じず、涼しい顔で、意味ありげな視線をカーウィンの方へと投げた。


「そう思いながらも、よくもすまして言ったよな、カーウィン」 

「ほう?」


 閣下がおっしゃるなら――とは実に思い切った物言いで、恐らくは今後、天樹があちこちから言われるであろう、不平不満の存在を浮き彫りにしておきながら、更にそれを、本多天樹の『名前』で押さえると言ったも同然だった。


 それは、若宮水杜個人を信用しきれていないと、明言したも同じであったが、当の天樹は、微笑(わら)って部屋から立ち去って行った。


 上官の考えを読もうと、揺さぶりをかけるカーウィンもさることながら、それを承知したうえで、微笑ってそれを受け止めた天樹の度量も、大したものであった。

    

「私には、自らトラブルに首を突っ込むような自虐趣味はない。それだけの事だ」


 そして今回は、カーウィンが引き下がらざるを得なかったのだろうと、その表情からキールは推測した。


「どうせ放っておいても騒ぎになるものを、すすんで仕事を増やす必要もないしな」

「……ってことは、このままでは終わらないと思ってるんだ、カーウィンも」


 返事の代わりに、カーウィンは口もとに笑みを浮かべる。図抜けて理解の早い、この年下の同僚と話すのは、彼の密かな楽しみの一つでもある。


「正式に彼女が“アステル法”を受けるのであれば、妨害の手は“地上組”に限らず、反

戦派からだって伸びてくるかも知れない。我々はデュカキスの二の舞を犯す訳にはいかない。そのうち嫌でも毎日走り回る事になる筈だ」


「反戦派?」


「若宮女史と言う、象徴的な孤高の〝女神〟を、軍に獲られたくない連中だっているだろうし、軍に入る事によって、再び閣下の権勢が大きくなるんじゃないかと、危惧する連中だっているだろう。用心に越した事はない」


 へえ……と意表を突かれたような表情をキールが見せた。


 確かに、彼女は軍だけでなく、反戦組織とも一線を画してきたようだが、兵役を拒否してきた以上、反戦派とみなされている事も、また確かだ。その彼女が軍に属すると知れては、騒ぎにならない筈はない。


「……ひょっとして、その利害って、一致してないか?」


 何気に口もとに手をやって呟いたキールに、カーウィンは、模範解答を受けた教師のように、満足げに頷いた。


「荒唐無稽とは言い切れんな。だが今の段階では、我々はどうしようもない事も確かだ。閣下ではないが、実際の彼女に(まみ)えてみなければ、な」


「なるほど。だからガヴィは、彼女に会おうと、目論んでるわけか――今、気付いた」


「何?」  


「といっても、俺みたいに回り道をして考えた結果じゃなく、ほとんど本能みたいなものだろうけど」


「確かに、その種の本能というか才能は、軍人としては羨望に値するな。だがキール、その行動を読んで、フォロー出来る人間もまた必要だ。おまえは、おまえらしくあればいいんじゃないか?」


「……一応、励ましてくれたとか?」


「おまえらが、別艦隊で単独行動してたら、誰もついていけずに大迷惑だ。クレイトン大将の目は、その点確かだったと、私も思ってるよ。まあ、それを励ましととるかどうかは、おまえに任せておくが」  


 さすがにちょっと抗議をしようかと、キールが口を開きかけたが、絶妙なタイミングで、閣下そろそろ、とバークレーが声をかけた。


 カーウィンも、准将とは言え「将官」なのである。決裁を待つ書類は山とあった。


「あぁ悪い。俺もそろそろガヴィの訓練に付き合いに、戻るよ」

 

 キールは片手を挙げて立ち上がると、開いたドアの外の喧騒を確かめるように、左右に視線を投げてから、部屋を立ち去って行った。


「近々慌ただしくなりそうだな……バークレー、決裁の必要な書類は、前倒しに回してくれ。なるべく時間の余裕は作っておきたい」 


「……はっ」


 上官には、職務に集中してほしいところだったが、仮に騒ぎが起きたとして、それを彼が、放っておける筈がないのも事実である。


 バークレーは、複雑な心中を押し殺して、一礼する事しか出来なかった。  

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