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虚空のシンフォニア――序奏・黎明の迷宮――  作者: 渡邊 香梨
第三章 再会の波紋
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カーウィンSide1:第九艦隊の事情2

「まあいい……ここだけの話、クレイトン大将閣下からの電話なら、確かにあった」


 さりげなくカーウィンが口にしたのは、宇宙局の作戦部部長で、本多天樹の実質上の上官にあたる人物の名前である。


「――『本多が来たら、聞いておけ。この書類は本気か』と。そんな言い方をしていたな」


 キールとガヴィエラが、顔を見合わせた。


「書類?」


地球(テラ)国立図書館史上、最高の歴史学者と名高い、若宮水杜女史をデュカキス大佐の後任にしたい――そんな書類だったそうだ。それ以上の詳細は、私とて知らん」


「⁉」


 もってまわった言い方をした分、発言の効は絶大だ。敢えて話の輪には加わらず、己の仕事をしていたバークレーでさえ、思わず手を止めて、カーウィンを見つめた程である。


「若宮女史……って、()()?」 


 たっぷり数十秒ほどおいた後のガヴィエラの発言は、ただし、少なくとも三年以上軍に籍を置く者なら、当然の反応だ。


 年齢は確か、ガヴィエラよりも一つ二つ年上の筈だったが、彼女は高校を卒業後、一度も軍と関わりを持っていない――早く言えば、兵役を拒否している女性だった筈だ。


 普通にしていれば、兵役の拒否は、同世代の間でしか噂にはならないのだが、彼女の場合は、兵役金の後ろ盾は、親ではなく図書館という公的機関であり、例え日々を黙々と、古典文献の翻訳に勤めて過ごしていたとしても、話題にならない筈がないのである。


 ましてや、軍に屈する事なく彼女を引き留めている図書館とて、当事者たちの思惑はどうであれ、反戦派を自認する人々からは、象徴的存在と認識されている。


 軍は自らの存在意義にかけても、彼女をどうしても引き抜く必要があり、毎年、あの手この手の駆け引きを繰り返していた筈であった。


 本気か、とは誰もが、聞かずにはいられない台詞だろう。

 上層部の今朝からの慌ただしさも、十分に納得がいこうというものである。


「人事部のディーン大佐にも連絡はとってみたんだが、よほど同じ事を何度も聞かれたんだろう。『それは昨夜遅く、本多少将自らが提出された書類です。小官などにお尋ねになられるのは、筋違いなのではないかと思いますが』と、随分そっけなく言われたよ」


 それはそうなんだけど、とやや不満げなガヴィエラに、カーウィンも苦笑を浮かべた。


「ただ、相手が私だからかどうか、付け加えてくれた事があるとすれば、その若宮女史が閣下の同窓生だったったらしいと言う事だ。中学だったか、高校だったか……どちらにしても、興味深い話ではある」 


「え」


「その言い方だと、どちらか一方が、コネでも持ち出したかのように聞こえるけど、カーウィン?」 


 およそそんな事は、日頃の本多天樹の為人(ひととなり)には似つかわしくない、と分かってはいたが、確認しておかずにはいられないのがキールの性分であり、そんな時、会話の舵取りは委ねてしまうのが、ガヴィエラの常でもあった。


「今更、若宮女史が軍との関わりあいを望んで、()()()()をかけた…なんて言うのも説得力に欠ける話だよな。だからといって、()()()()から彼女を説得して、彼女の首を縦に振らせたのだとしたら、そのままだと、確実に士気に響く。あのデュカキス大佐の後任だろ 

う?半端な理由じゃ、誰一人納得しない。その辺り、確認しておいた方が良くないか?」


 若宮水杜の知略が、図書館から戦場へと舞台を一変させた時に、それがどこまで活かされるのかなど、誰にも分かりはしないのだ。


 ロバート・デュカキス大佐の優秀さ故に、その後任には重い期待と責任が課せられるであろうことを、知った上でのキールの発言だ。


 言わずもがなの事を口にして、上官の決断を上手く促す事が出来るのは「技のガヴィ、知のキール」と称される、彼ゆえの才能だ。


 それを生意気と取るかどうかは、上官の度量次第だろうが、恐らく彼は、戦闘機乗り(パイロット)を卒業する頃には、参謀職が向いているように、カーウィンには思えた。


「確かに……忠告くらいは、しておくべきかと思っていた」


 そして淡々と、居並ぶ面々の中で、最も不穏な事を口にしておかなくてはならないのも、カーウィンの「仕事」の一つである。


 このご時世、本多天樹が、最初から私情に走るような人物であれば、自分たちが生き延びてこられた筈がないと、分かっていても……である。


「この艦隊は、確かに編成されてから負け知らずだ。ひとえに本多少将の力に拠るところも大きい。だがこの先、彼が大きな間違いを犯さないと誰に言える?そして彼と若宮女史の間に何もなかったと、誰に言い切れる?キールが今言ったような事は、いずれ下士官たちの話題にも上るだろう。事と次第によっては、それは確実に士気に響く。その程度の事に気付かれない閣下でもあるまいが、副司令官の給料の内としては、憎まれ役になるとしても、言上しておく事は確かに必要だろうな」


「ああ、いや、今のは俺が口出しをしすぎたよ、悪い」


 事態が公になった時の反響の大きさを、充分にカーウィンも認識していると分かって、キールは片手を上げて、己の差出口を詫びた。


「……二人の会話って、時々際どいよね」


ガヴィエラが、そう言って呆れたような笑い声をあげるので、さすがに、それぞれが反論を試みようとした、そこへ、許可を待たずに、入口のドアが開いた。


「やれやれ」

「……っ」


 それはドアの開く音とほぼ同時の声で、否が応でも、その姿も視界に入り、三人は三様の表情で、軽く息を呑んだ。


「そこまで、俺の心情と現状を気にかけてくれていようとはね。これも得難き幸い、かな」


 ――渦中の上官が、そこには立っていたのだ。


 本来、将官の上着は、肩口からケープが付いている筈であったが、(いたずら)に衆目を集める事を嫌ってか、それを外してしまっていては、見た目にも、高級将校のいでたちではない。


「自分のオフィスが、あれほど騒がしくなっているとは思わなかったよ。とりあえず、周囲が落ち着くまでここにいさせて貰おうかと思ったんだが……構わないかな」

 

「あ……はい……」


 らしくもなく、間の抜けた返答をしたカーウィンだったが、まさか上官を入り口に立たせたままにもしておけないと気付いて、慌てて自分が椅子から立ち上がると、来客用のソファに座り直した。


 ガヴィエラとキールも、慌てて部屋の隅に控えるべく移動しようとしている。


「俺が邪魔をしているんだから、そのままでいいよ、みんな」

「いえ、そういう訳には……」

「それより悪いけど、何か飲み物を貰えないかな。喉がカラカラだ」 

 

 カーウィンの目くばせを受けたバークレーが、慌てて部屋を出て行く。

 本多天樹の口調は、どこまでも普段通りの穏やかなものではあったが、気まずい雰囲気が、部屋にはまだ漂っていた。

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