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虚空のシンフォニア――序奏・黎明の迷宮――  作者: 渡邊 香梨
第一章 分岐点
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天樹Side2:トリックスター事件(5年前)1

 そもそも数百の国家が乱立した状態から、現在のような統一政府が成り立ったのは、およそ22世紀も終わりを迎えようかという頃の事であり、現在は地球語と言われる使用言語は、当時の英語に統一されたものである。


 旧国家の地名はほぼ消滅し、代わって当時の統一政府設立メンバー(最高代表)7人の名が旧大陸にあてがわれ、地球は7つの「州」と、数百の「地区」に分かれ、落ち着いていた。


 首都はコーデル州・アルファード。旧大陸地図ではアメリカ大陸と呼ばれた大陸の、東部に位置する大都市である。


 統一政府の存在が形骸化しているとは言え、この地区が首都であるという事には変わりはない。国家組織の内、最も後発で設立された地球軍の統帥本部さえ、置かれているのは、このアルファードである。


 本多天樹が旧アジア大陸、現在ではテーグ州・オクトーブ地区と名を変えた街から、軍に身を投じた事によってこのアルファード地区に住居を移したのも、首都機能がそこにあるが故の必然であって、既に五年の歳月が、そこからは過ぎようとしていた。


 愛国心から軍人を志したとは言い難い、と親しい関係者にも漏らす通り、天樹は国家が創立・運営して久しい、軍属の士官学校の出身者ではない。オクトーブ地区のある公立高校を首席で卒業して軍隊入りした、異色の経歴の持ち主である。


 現在の国家制度の中には、19歳から三年間と定められた兵役制度があり、ある時点までの天樹の将来像は確かに、その兵役を目立たずにやり過ごして、兵役中は休学を余儀なくされるものの、大学に復学し、卒業後は複数の企業を経営する父親の後継者となる――筈であった。


 およそ軍などという所は、義務でもなければ、見向きもされない。例外があるとすれば、よほどの家庭の事情を抱える者か、もしくは「打倒・金星」の旗を本心から仰いでいる愛国者、と言ったところがせいぜいである。


 深刻な家庭の事情もない、愛国心もない、何よりやりたい事もない…と言った状態では、「本多家の後継者」と期待する周囲の声に、当時の天樹が背く理由はなかったのである。


 ……しかし結局、天樹は義務兵役には就かず、現在は正式な軍人としてアルファードに居住、父の企業とは()()()関わりのない立場にいる。


 人生とは予測のつかないものだ、と言ったのは、父であったか、恩師であったか。


 ――最初の分岐点は、5年前にまで、遡る。



.゜*。:゜ .゜*。:゜ .゜*。:゜.゜*。:゜ .゜*。:゜ .゜*。:゜



 人生には幾つかの分岐点がある、とよく言われるが、その最初のポイントは、等しく高校三年生の終わりにやってくる。


 19歳から、三年間と定められた、兵役に就く事である。


 長引く戦争は、決して志願者だけでは軍を成り立たせなくしている。統一政府は様々な法律を追認し、兵力の不足を解消しようと、今もなお議論を続けている。


 兵役制度は、そんな法律の内でも比較的早くに定められた法律であって、実のところ、天樹(たかき)の生まれる遥か前から、それは既に確立された法律だったのだ。


 だからこそ天樹の時代には、義務兵役として一兵卒の扱いを受ける事を嫌い、自ら軍に入隊する者もいれば、合格した大学を休学して、義務を果たした後再び野に下る者もいた。


 何にせよ三年もの間、死と隣り合わせの世界へ嫌でも放り出される。


 冬休みを間近に控えようと、学期末試験が終わろうと、押し寄せてくる重圧から、逃れる術を見つけるのは、そうたやすい事ではなかった。


 ――天気予報が、雪を告げていた冬のある寒い日。


 全ての学期末試験を終えて帰路についた天樹は、いつもは穏やかな母・星香(せいか)が、血相を変えて玄関に飛び出してきた姿に出くわしたのである。


「天樹!」

「え?」

「ああ、あなたは巻き込まれなかったのね……!」


 その言葉に、天樹がわずかに眉をひそめた。


「何?」 


 青い顔のままで、星香はすぐには言葉を発さずに、常にない勢いで、天樹を家の中にあるテレビの前へと引っ張って行った。


「見なさい……っ」


 星香が指さすテレビ画面は、当初煙と人とで覆われたような状態になっており、天樹はそれが、自分の学校を映しているのだと気付くのに、やや時間を要した。


「こ……れは……っ」


 確かにその日、学校OBの地球軍軍人が何名か、生徒や教師に軍への志願を働きかけるため、学校を訪れるとは耳にしていた。それに反対して、兵役制度の撤廃を求める内部関係者が増えつつあったのも、事実だ。


 だが今、生中継と思われる画面の向こうでは、一部パニック状態に陥っている生徒らが無秩序に校内を走る姿が煙の向こうに垣間見えた。


 TVカメラも、どこに焦点を当てて報道を行えば良いのか、困惑している様子が窺える。


 報道の中で、かろうじて把握出来たのは、兵役制度撤廃の声をあげた学校関係者との揉みあいの末、軍関係者側の誰かが発砲してしまったらしいという事くらいだった。


「……神月(かづき)は?」


 蒼白な顔色のままの母・星香に嫌な予感を覚えた天樹は、リビングを見渡して、同じ学校の中学棟に籍を置く弟の姿を探す。


 そんな天樹の予想に(たが)う事なく、母は無言で激しく首を横に振った。


 それを見た天樹の決断は、早かった。


「――学校に戻る」


 星香の目が驚愕に見開かれるが、弟の身を案じた天樹を止められないのも事実である。


 着替えもせず身を翻した天樹を、茫然と見送るよりほかなかった。

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