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虚空のシンフォニア――序奏・黎明の迷宮――  作者: 渡邊 香梨
第二章 アステル
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天樹Side4:過去から現在へ

 まだ仕事がある、という水杜を残す形で図書館を出た天樹は、車を官舎ではなく、官庁街の一角にある、地球軍の統帥本部へと足を向けた。


 地球(テラ)国立図書館は、官舎よりも遥かに官庁寄りにあるため、天樹の行動に全く迷いはない。


「本多少将!失礼ですが、このような時間にどういった……?」

  

 統帥本部の警備は、保安情報部の管轄の内にある。


 予告なしに高級将校が現れた事で、義務兵役中と思しき若い兵が、困惑の眼差しを見せたのだが、天樹は「忘れ物だよ」と、相手を安心させるように手を振ると、そのまま本部の中へと歩を進めた。


 上層階にある、将官用の己の部屋に足を踏み入れると、従卒も帰宅していた部屋は、全くの無人であり、天樹の気配に反応するように、灯りがともる。


 デスクまで真っ直ぐに歩いた天樹は、ためらいもせず、机の上のTV電話(ヴィジフォン)に手を伸ばした。


『……はい、若宮です』


 無人の部屋で、天樹は微かに息を吸い込む。


「ご無沙汰していました。本多です。あの……水杜さんの、同級生だった」


 電話の向こうで、あら……と貴子が微かに目を瞠った。


首都(アルファード)に来てから、そういった電話を貰ったのは、初めてかしらね。何しろあの子、この家と、国立図書館との往復で、日々を無駄に費やしているから』


 …快活なその口調は、何とも昔から変わらない。

 挨拶もそこそこに、天樹は苦笑するしかなかった。

 そんな天樹に、元気そうね、と貴子が言葉を紡ぐ。


『生きて、その顔を見る事が出来る……何よりね』


「……今の俺には、あまり歓迎できた言われ方ではないんですが……正直なところ――」


『多くの命を預けられている身分の人が、そんな自虐的な物言いをしちゃダメよ、本多君』


 天樹の言葉を遮るように、さらりと告げられる貴子の言葉に、一瞬天樹は虚を突かれたが、無駄に階級章が付くこの軍服を見れば、それも道理だと、かぶりを振る。


 まいったな……と、小さな呟きが漏れる。


「どうも、自分が軍服を着ているという事を、意識しなくなってきている……重症ですね」


()()と思えている間は、まだ自己改革の余地はあるわよ。まぁ、今はそういう話をしたい訳じゃないわよね?今日は何の御用?水杜ならさっきの言い方で想像はつくと思うけれど、図書館よ。まだしばらくは帰らないわね』


「……ええ。さっき、会ってきました」


 TV電話(ヴィジフォン)の受話器越しに、わずかに眉を(ひそ)めた貴子に、むしろ天樹はゆっくりとした口調で、“アステル法”をもって、水杜を軍へと招いた事を告げた。


 『……そう』


 電話の向こうの貴子の声は、意外にも静かだった。


『結論は、あの子自身の口から聞くわ。そういう事なら、ぐるぐる思い悩んで、いつもより一時間は帰るのが遅くなるでしょうけど』


 明るく、屈託なく笑う貴子に、天樹はとっさに返す言葉がなかった。


『まあとにかく、貴方(アナタ)もこっちに来ているのなら、たまにはウチにもいらっしゃいな。レンジフードよりはマシなものを、御馳走してよ?』


「いや、そんな、とんでもない――」


『それは、ウチに来るって事が?それとも、私の料理の事が?』 


 結局、貴子に押されっぱなしで、最後は若宮家訪問の約束までさせられ、天樹は通話を終えた。


「あの人は、本当に……」  


 過去の回想を立ち切るようにかぶりを振った天樹は、そのまま踵を返すと、部屋を後にして、更に建物の、上層階から中層階へと移動した。


 夜更けの建物は、節電の命が行き届いているのか、限りなく薄暗いものではあったが、それでも残務中や当直中の者の部屋の明かりが、ほのかに廊下を照らし出しており、天樹はさほどの苦もなく、次の目的の部屋へと辿り着く事が出来た。


『お名前と、所属をどうぞ』


 機械的な女性の声に、澱みなく天樹は答える。


「本多天樹。宇宙局第九艦隊所属、少将。人事部のグレッグ・ディーン大佐に会いたい」


『確認します。お待ち下さい』


 数秒の沈黙の後、静かな機械音と共に、自動ドアは開いた。


「……タカキ……」


時間が時間である。部屋には、ディーン以外の人影はなく、いきおい口調も、私的交流を持つ者同士のそれへと変わる。


 (ディーン)は来訪者の姿を認めると、驚いたようにコンピュータ画面から目を離し、立ち上がった。


「来るとは思わなかったよ……」


くだけた口調でそう言うと、ディーンは天樹に来客用のソファを勧め、自分もその向かい側へと腰を下ろした。


「大丈夫なのか?その……」


辛いだろうに、と言いかけて、ディーンが言葉を飲み込む。言わずもがなの事だった。


「俺は大丈夫だよ。……大丈夫なつもりだよ」


穏やかなその声が、実は余計にディーンの背筋を寒くさせているのだが、そんな彼の胸の胸中を知ってか知らずか、天樹は静かな笑みを浮かべただけであった。


「どうやら、俺の人道的モラルも、薄れつつあるらしいよ、ディーン。代わりを探さなくてはいけないと、じきに思うようになってしまった自分に愕然とした」


「軍には、君以下の人間は山ほどいる……と、言ったところで、納得する君じゃないだろうな。だが人間は、どれほど大事な人を失っても、時間がたてば腹は減るし、眠くだってなる。本能の前には、人間はいつだって無力なんだ。人道的モラル云々と言うなら、その『自覚』さえあればいいと、敢えて言わせて貰っておくよ。本当のモラルとは、忘れない事だ、タカキ」


「……ありがとう」


天樹は一瞬だけ、ディーンの言葉をかみしめるように、瞼を伏せた。


「それで、タカキ……敢えて戻って来たのは、さっきTV電話(ヴィジフォン)で言いかけていた件か?」


「その前に、ひとつだけ聞かせてくれ、ディーン。ロバートは……彼はやはり“地上組”に陥れられたのか?」


 天樹の声は、部屋に入って来た時から変わらず静かなものである。


 そしてディーンには、それは問いかけではなく、単なる確認と聞き取れたので、僅かに顔をしかめて、天樹から視線をそらした。


「――それを俺に言わせるのか、タカキ」

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