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虚空のシンフォニア――序奏・黎明の迷宮――  作者: 渡邊 香梨
第二章 アステル
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天樹Side2:続・ある夜の知らせ(後)

『断わっておくが、私が貴官(おまえ)を独立させるのは、ファイザードの意志を継がせたいと思っいるからであって、議会や他局のように、死んで来い、なんて意味で先陣を言い渡している訳ではないから、そのつもりでな』


『――!』


 今や大将となって、天樹に少将職を内示したクレイトンの言葉は、その時天樹を愕然とさせた。


 クレイトンがほぼ恒常的に先陣を言い渡される理由が、決して負け知らずだからだけではないと、その時気が付いたのである。


 自らの手を汚す事なく、敵の手によって、合法的に軍からクレイトンを排除出来る、それは何とも悪質で巧妙な手段だった。


『敵や味方を見極めようと思うな。どうすれば、己が生き残れるか――それだけを考えろ』


  敵と言われる筈の、金星の宇宙軍よりも、始末に負えない敵はいくらでもいると……クレイトンのそんな暗示を、天樹はここ1~2年で嫌と言うほど実感させられていた。


(……何故、俺は)


 大事な人を失う「痛み」は、戦争が続く限り、誰にも絶える事はなかった筈なのに。

 かつてあれほど、自分の周囲を取り巻く環境の全てに無関心でいられた、高校生までの自分を、天樹は嘲わずにはいられない。


 政治家よりも、軍人よりも、存在する『戦争』そのものがおかしいのだと、気付くのが遅すぎた。


 失ってみて、初めて気が付く事があるとは、よく言ったものだ。


 司狼・ファイザード、同じクレイトン艦隊にいた多くの同僚――そして今、ロバート・デュカキスの名が、天樹に重くのしかかる。


 残された者には、彼らの「思い」を背負ってゆく、義務がある。


 『不安なら、常に問い続けろ』


 かつての腹心であり友人でもあったロバートの声が、脳裏をよぎる。


『おまえは、何のために戦うんだ?』


 ――誰のために。



「……っ」


 TV電話(ヴィジフォン)が、受信していた資料を全て取り込んだと告げる音を発している。


 過去と思考の迷宮をさまよっていた天樹の意識が、ようやく現在(いま)へと引き戻された。


 ほとんど無意識に、画面を埋める様々な人種経歴のリストを視線でなぞる。


 ロバートの後任と言っても、資質や人間性が、書類一枚から分かる筈もないのである。


 かぶりを振って、次々と画面上のゴミ箱に書類を放り込んでいく天樹だったが、やがてそれが最後の一枚となった時、その視線が、画面に釘付けとなったまま、動かなくなった。


 偶然の動作が、文字通りその表情を、一変させたのである。


 ()()()()の経歴書だけを画面に残したまま、天樹は弾かれたようにTV電話(ヴィジフォン)に手を伸ばした。


「宇宙局第九艦隊所属、本多少将だ。総務局人事部のディーン大佐を頼む」


 先刻の電話から、そう時間はたっていない筈であり、恐らくはまだ帰宅していないと、天樹は推測した。


『……本多少将?』 


 果たして、当惑の面持ちも顕にTV電話(ヴィジフォン)の前に現れたのは、現在の軍の人事実務を実質的に取り仕切っている人物であり、ロバート・デュカキス戦死の報を、真っ先に天樹に知らせた当人でもある、グレッグ・ディーン大佐その人だった。


 茶色の髪と穏やかな同色の瞳で、誰に対しても公平な態度を崩さないこの人物は、元は前線で司令官麾下の参謀を務めるほどの秀才官僚だったのだが、現在は戦傷を負い、後方勤務へと退いている。 


 若くして将官職に就いた天樹を快く思わない者も多い中、麾下の側近の死に気遣いさえ見せてくれるこの人物に、天樹も信頼を寄せている。


「送ってくれたリストを見た」


 そう言って、静かに口を開く天樹の意図が読めないのか、ディーンは即答を避けた。


「大丈夫。俺は別に、皮肉を言うために、電話をした訳じゃない。ただひとつ、確認しておきたい事があっただけなんだ」


『……あ、ああ』


 階級からいけば、天樹がディーンを二階級上回るのだが、両者の間には10歳を超える年齢差がある。


 そこに互いの為人(ひととなり)が加わって、普段はフランクな会話が交わされるのだが、今は事態が違った。天樹はわずかに目を伏せると、一呼吸置いて、声のトーンを下げるように、形の良い唇から、言葉を紡いだ。


「俺に“アステル法”の行使権はあるのか……?」


『……っ』


 画面の向こうのディーンは、さっきとは別の意味で、即答出来なかったようである。


『……タカキ……』


 思わず普段の、敬称抜きの呼びかけを、彼にしてしまった程に。


「答えてくれるだけでいいよ」


 その沈着で整った顔からは、全く表情と言うものが読み取れず、ディーンは答えだけを返すしかないと、そこで諦めた。


『アステル法の行使権を持つ者は、将官クラスと限る――つまり少将である貴官には、立派にその権利がある。……これで良いか?』


「ありがとう。また連絡する」

『ちょっ……』


 待て、と言いかけたディーンの言葉を、一方的に遮る形で、天樹はTV電話(ヴィジフォン)を切った。


 勘の良い彼ならば、何故天樹がそんな事を聞いたのか、すぐに気付く筈だと思ったのである。


 そのままソファに放り出されていた上着を手にとった天樹は、リビングを出て、玄関へと向かう。


 先刻、ディーンからの電話を受けた時、帰宅直後で夕食もまだだったのだが、今はそれどころではなかった。


 ディーンも言っていたのである。後任を決める必要は、どうしてもあると。彼自身が動かなければ、ロバートに怒られるような、そんな気が今はしていた。


 将官用の官舎は、首都のやや郊外にあり、一軒につき、市民平均の1・5倍程度の敷地をそれぞれが有している。


 独身で、なおかつ一人暮らしである天樹には広すぎるものだったのだが、個人用の、自動運転の地上車(ランドカー)があるのは、この際有難い事だった。 


『行き先をどうぞ』


 乗り込んだ車から発せられる、機械的な音声に一言、答えを告げる。


「――地球(テラ)国立図書館へ頼む」

『承知致しました』 


 周囲の官舎には、当然他の将官たちも住んでいる筈だったが、食事時ゆえなのか、外は静かだった。


 果たして己の地位で、誰にも行き先を告げずに出る事など、して良かったのだろうかと一瞬逡巡したものの、それも長い時間の事ではなかった。


 ――車は静かに、走り出した。

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