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虚空のシンフォニア――序奏・黎明の迷宮――  作者: 渡邊 香梨
終章 二つのアステル
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天樹Side10:騒動の顛末(6)

「それにしても、今回手を借りた連中、ほぼ全員訓練場(ここ)にいたのか」


 辺りをざっと見回した天樹は、そう呟いたが、いないと思った、艦長のハインツァー中佐までが、反対側で、他艦隊の艦長と観ていた事に気付いて、軽く手招きをした。


「伊原中将直伝、宮城准将の〝踵落とし〟は、ちょっとした軍の名物ですよ。私も士官学校の臨時教鞭をとった事がありますから、その頃からの語り草ですしね。今回も、あと一歩、伊原中将の声がけが遅ければ、キールがそれを喰らっていたでしょう」


 直属の部下は、避けて通れない〝洗礼〟である上に、士官学校時代には、ハーフェルべルクですら喰らっていると言う、言わば〝伝家の宝刀〟だと、ハインツァーを待つ傍ら、近くにいたカーウィンが、そう天樹に説明する。


「まあ、そんな准将から護身術を学ぶのは、悪い事ではないと思いますが、訓練場に行く都度、注目を浴びる覚悟は、しておいた方が良いかと」


「なるほど。ならそこは、ガヴィと必ず行くようにしておいて貰おうか。それなら、多少の()()()()()は何とかなるだろう」


「ちょっかい、と言うよりは、自分達も参加させろと言う妬みで、騒ぎになるとは思いますよ。いくら、伊原中将やヒューズ中将も相当にお強いとは言え、そっちに手合わせを申し込める猛者は、そうはいない――とは言え、実質、()()()の方法は、それしかないでしょうね」


 本人自身が、常識外とも思える強さを誇っている事もそうだが、手合わせの後に、必ず有益な助言を添えてくれるため、完膚なきまでに潰されるにも関わらず、涼子と手合わせをしたいと言う希望者は、後を絶たないのだと言う。


 もちろん、ガヴィエラやキールを含め、中には何人か、本気で一本取りたくて挑んでいる者もいるらしいが、今のところ、誰もそれは達成していないらしい。


「あー…それは何となく分かる気はするな…」


 同じやられるにしても、伊原やヒューズは手加減してくれなさそうだと、天樹でも思う。


「おや。閣下もご一緒に学ばれますか、護身術?」


「いや、遠慮しておくよ。己の分はわきまえているつもりだし、まだ、射撃の方が見込みがある――と、思いたい」


 士官学校に通った事がない、と言う点では、恐らく天樹の腕っぷしも、手塚と良い勝負である。


 が、適材適所、己の腕力を過信して、手ぶらで敵陣に突っ込むような趣味は、天樹にはない。


 司令官を守る事を第一とする、MPや白兵戦部隊など、状況に応じた隊がある以上は、そこに任せておいて良いと、天樹は既に開き直っている。


「体育会系の作戦で見せるその慎重さと、部下に任せてしまえる決断力を、もう少し頭脳戦の方でも発揮していただけたなら、我々の苦労も今回半減したと思うんですが」


 血なまぐさい話から、陰湿な話になっていくにつれ、単独で無茶を強行するなどと――普通は、逆だ。


「……クレイトン大将にも言ったんだが、かかった火の粉を振り払ったら、予想外に延焼した、と言うのが正直なところなんだ。もちろん、延焼自体を予測していなかった訳ではないんだが」


「ええ。今回はそう言う事にしておいてさしあげます」


 ピシャリと言い切るカーウィンに、天樹は苦笑を浮かべる事しか出来なかった。


 いつの間にか、天樹の背中にガヴィエラとキールが、居心地悪そうに隠れている。


「ああ、これで、()()()()に関わってくれた人間は、全員揃ったかな?」


 ハインツァーも追いついたところで、天樹はざっと周りを見渡した。


「閣下?」

「皆、今回は色々と済まなかった!この通り、おかげさまで()()()()!」


 そもそも、急病自体が訳ありだったと知る面々は、そこでどっと笑い声をあげた。


「俺からの()()()()のお返しだ!今日、この後コートヤード通りの〝エトランジェ〟を貸し切ったから、良ければ皆参加して、好きに飲み食いしてくれ!そこで、今度新しく第九艦隊に来る面子も紹介する!」


「⁉」


 マジですか?行きます!と言った声が、すぐにあちこちからあがった。


「閣下……」


「カーウィンには、ちゃんと店で一番高いボトルを進呈するし、キールとガヴィからは別途()()を貰う。それで良いだろう?」


「………」


 返事の代わりに、カーウィンは大きなため息を吐きだしている。


 ここまでやられては、これ以上、キールやガヴィエラの「暴走」を、カーウィンも咎められない。


「……本当に、会費は徴収して頂きますよ」


 えぇ……と、ガヴィエラもキールも顔を(しか)めているが、さすがにカーウィンも、そこまでは譲れない。


 分かった、と天樹は微笑(わら)いながら肩をすくめる事で、それに答えた。


「……ったく、この、()()()()()め」


 口調とは裏腹に、苦笑を見せながら、手塚が天樹の肘を軽く小突いた。


「ひどいな。これでも一か月分の給料は飛ばすんだ。もう少し労わってくれても良いだろう」


「自業自得だ。俺は財源協力しないぞ。まあ、今月極貧になる誰かさんに、昼飯くらいは奢ってやっても良いけどな」


「あ、本多君、じゃあ、私も会費で――」


「いや、若宮さんからは貰えないよ。そもそも、今回の事をお願いしたのは、俺なんだし。どうしてもって言うなら……うん、手塚と交代でお昼ご馳走して貰った方が助かるけど」


 おどけてはいるが、手塚の案に乗った格好で、天樹はさりげなく、水杜の気遣いを謝絶している。


「しょうがないから、二人で今月は、極貧の司令官サマを養ってやろうぜ?」


 手塚も、それに合わせる格好で、軽くウインクをする。


 天樹にだって貯金くらいはあるのだから、「極貧」は、気遣いが形を変えた、ただの揶揄でしかない。


 それが分からない、水杜ではない。


「……しょうがないなぁ」


 承知した、と言う空気を言外に醸し出しながら、水杜は柔らかく微笑んだ。


 手塚が、軽く握った拳を水杜へと向け、水杜は、コツンとそれに自分の拳を当てる事で、「契約成立」の意を示した。


「――よろしく、二人とも」


 そこに更に天樹の拳が加わったが、それが色々な意味での「よろしく」である事を、三人ともが理解していた。





 ――それが後に、現代版〝桃園の誓い〟と語られる事になる、ある秋の日の光景だった――

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