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虚空のシンフォニア――序奏・黎明の迷宮――  作者: 渡邊 香梨
終章 二つのアステル
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天樹Side8:騒動の顛末(4)

「俺には、おまえは想像以上だったぜ、レインバーグ。ただ、おまえの中で1%でも、リーンにケガをして欲しくないとの思いが残っている間は、俺らに勝つのは難しいってことだろうよ。宮城から、何度か忠告は受けてるらしいじゃないか。まぁ、せいぜい、そこを意識する事だな」


「えっ、私?」


「俺の殺気がおまえに向いた事で、ほんのわずか、こいつが動揺したんだよ。まあでもそれは、おまえにも言える事だったな、リーン。宮城の殺気がレインバーグに向いた時点で、目の前の勝負から、一瞬、意識が逸れた」


「――――」


 意外な事を聞いた、と言った態で、2人共がどちらからともなく、顔を見合わせる。


「いやぁ、久々に本気の()()()()で楽しかったわ。またやろうぜ!」


「ヒューズ中将……」


 利き手を使っていないと聞いた、涼子に対抗しての茶目っ気に、揶揄された側も、苦笑するしかない。


「と言うかだな、宮城、左手で剣持て。一対一の第二戦やるぞ。この程度で疲れたとか言わないだろ? そんなん言いだしたら、こっちが伊原さんに殺されるぜ」


「いや、それはそうなんですが……そもそも、今日、こう言う予定ではなかったんで――」


「つ・い・で・だ・ろ……っ!」


 その瞬間、キールやガヴィエラさえも怯むような、凄まじい殺気が、場を圧倒した。


 キールが、ルグランジェの官舎で遭遇した、あの気配だ。

 ヒューズが笑顔で剣を振り下ろし、涼子が秒速でその場から飛び退いた。


「いや、そんな『ついで』あります⁉︎ 薄々そんな気はしてましたけど、中将、実はちょっと脳筋ですよね⁉︎ 単に戻って仕事したくないだけですよね⁉︎ 今頃、執務室で、シンクレア少将泣いてますよね⁉︎」


「おま……っ、見てきたように言いやがるな⁉︎ 閣下だって、へレンズと飲みに出たんだから、良いじゃねぇか!」


「知りませんよ、明日怒られても! って言うか、私を言い訳のダシにだけはしないで下さいね⁉︎」


「大丈夫だ!閣下はおまえには、甘い!」

「そんな『大丈夫』は、いりません!」


 姿が全く見えない。明らかにさっきよりもスピードが上がっているのに、会話のレベルだけ低下している。


「何で、あれで会話が出来るんだろうな……」

「やっぱり、悔しいなぁ……なかなか、涼子さんには追いつけないや……」

「アイツらは、鍛えた中でも群を抜いていたのは、間違いはないがな……」


 いつの間にか始まっていた第二戦を、呆然と見ていたキールとガヴィエラの上に、ふいに伊原の低音ボイスが溜息混じりに降ってきた。


 戦闘馬鹿に育てた覚えはない、との呟きも、耳に入る。


「さて、鼻っ柱は折れたか、2人共? 天恵の才能を、努力と根性が上回る事もあると知る、良い機会にはなっただろう」


「鼻っ柱……」


「いや、既に士官学校時代に一度、手ひどく折られてますけどね。伊原中将の後、今、士官学校の臨時教官に来ているのって、宮城准将ですし」


 キールの苦笑に、伊原の表情もわずかに興味深げに動いた。


「その時に、たった一度だけ、ガヴィ……彼女の一撃を、准将が左手で受けたんですよ。ああ、この人は左利き――本気じゃなかったのかと。その後にやった俺なんかは、結局右手のままでしたしね。俺が、俺自身を突かれるよりも、彼女(ガヴィ)を突いた方が弱いと、指摘されたのも、その時でした」


「ほう……」


「あれから何年もたってますし、俺も彼女も、お互いに背中を預け合える関係では、ある筈なんですけど――」


 むしろ、ガヴィエラが、キールを気にして、ヒューズに隙を突かれたと言うのは、どちらかと言えば喜ばしい事態なのだが、それでも、悔しさは残る。


「——なるほど」


 どこか消化不良を残す若手二人を見た伊原は、やや好ましげに、口元を緩めた。


 そして何を思ったのか、いきなり「持ってろ」と、拾ってきた剣をキールに放り投げると、二人の前から姿()()()()()


「⁉」


 伊原が空中に飛び上がっている――のに気付いたのは、半瞬遅れの事である。


 右手でヒューズの手首を掴み、左手で剣を奪い取る事、右足で宮城涼子の剣を蹴り飛ばす事、更にヒューズをそのまま後ろに放り投げ、奪い取った剣は地面に投げつける――全てがスローモーションのように、空中にいた伊原の姿と共に、目に飛び込んできたのだ。


「……っ、ガヴィ!」


 伊原が蹴り飛ばした剣、投げた剣の両方が、自分たちを向いていると気付いたキールが、わずかに顔色を変える。


「わあっ⁉」


 驚いたように声をあげたが、1本はちゃんと、ガヴィエラは逆手で柄を掴んで、勢いを止めていた。


 もう1本は、ガヴィエラと向かい合いながら、キールが、これも逆手で剣を掴んでいる。


「伊原中――」


 わざとだろう、と抗議の声をキールが上げるよりも早く、かみついたのは、いきなり投げ飛ばされた方のヒューズだった。


 もっとも、空中で態勢を立て直して着地しているので、投げ飛ばされたと言うのは、正確ではないのかも知れない。


「ちょ……いきなりヒドくないですか、中将⁉」


「阿呆。私は第二戦とやらの審判まで引き受けた覚えはない。そろそろ、下に手本を示さねばならない筈のおまえが、率先して、何をやっている、ヒューズ。レインバーグに目をかけたなら、尚更、途中で放り投げるな」


「いや、それはそれ、これはこれと言うか……一度、宮城と真剣(ガチ)にやってみたかったと言うか――」


「——ほう?」

「スミマセン、何モ言ッテマセン」

「え、俺ですか?」


 氷点下になりそうな空気の中で、いきなり名指しされたキールが、剣を掴んだまま、声を上げた。

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