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虚空のシンフォニア――序奏・黎明の迷宮――  作者: 渡邊 香梨
終章 二つのアステル
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天樹Side6:騒動の顛末(2)

「タカキ、こっちだ。悪い、執務室(オフィス)寄ってくれたか?」


 カーウィンとバークレーから、少し遅れるようにして、訓練場に辿り着いた天樹を、エルナト・アルフェラッツ少将が、片手を上げて手招きしていた。


「ごめん、まだだった。とりあえず第九艦隊(ウチ)撃墜王(エース)を救出した方が良いのかと思って、こっちに来ただけなんだ」


「人聞き悪いな。何も、寄ってたかって、いじめてた訳じゃないぞ?()()()()、話を聞いただけだ」


「ちょっと……」


「もっとも、ずいぶんと()()()()()された、上層部に提出用の報告書みたいな内容だったから、色々と事件が起きていたんだ、と言う結果しか推し量れなかったけどね。昨日一日で、よくぞあそこまで自分の艦隊に、それらしい内容を叩きこんだものだよ。リーンやグリースデイド大佐くらいは、ボロを出してくれるかと思ったのに」


 そのエルナトの隣では、クラーツ・ダングバルト少将が、意味ありげな視線を天樹に向けている。


「……上層部に提出用の報告書を、メッキ加工扱い……」


 苦笑未満の表情を浮かべる天樹からは、これ以上、事の詳細を引き出せないと、エルナトもクラーツも悟らされる。


「……〝アステル法〟適用の邪魔をしたかった反政府組織(レジスタンス)から、軍の内部ぐるみでの妨害を受けたものの、それははね退けた――と言う

事で良いのかな、最終的には?」


「ざっくり言えばそんなところだよ、クラーツ」


 ざっくりすぎだろう、と(うめ)くエルナトの皮肉は、天樹は聞かなかったフリをする。


「反撃を受ける可能性はあるのか、それ?」

「……ゼロではない、かな」


 可能な限りの本音を答えた天樹に、エルナトとクラーツは、顔を見合わせた。


「しょうがない、そこで妥協かな」

「そうだな。次があったら、声をかけろよ、タカキ。それで今回は、折れてやる」

「……かけなかったら?」

「模擬戦程度の騒ぎで収まると思うな」


 今、まさに戦闘模擬戦の勝負が始まろうとしている会場を指さすエルナトの表情は、極めて真剣だった。


「……状況を説明して貰っても?」


「この一週間ほど、タカキに何があったのかを大人しく白状したら、宮城と模擬戦させてやるって、リーンに言ったんだよ。アイツほら、まだ一度も宮城に勝てた事ないって話だから、絶対乗ってくると思って。そうしたら、電話越しにそれを聞いていたレインバーグが、ヒューズ中将からも模擬戦を言われていたから、どうせなら一緒にしてくれ、って話になって……で、ヒューズ中将に連絡してみたら、身体空いてるのが今だって言われたんだよ」


 電話を受けたヒューズが、これ幸いとばかりに、クレイトンから押し付けられていた仕事を、シンクレアに更に押し付けた事実を、彼らは知らない。


「よく宮城准将が、それでOK出したな……」


「ヒューズ中将まで出てきたら、こっちにだって拒否権ないだろ。代わりに今度、宮城が行きつけの店に、ボトル1本入れておく事になったから、おまえも財源協力しろよ」


「俺⁉いや、俺はカーウィンにもボトルを差し入れる事になって――」

「あん?何か言ったか?」

「――――」

「諦めようか、タカキ。それも妥協案の一つだ」


 凄むエルナトに、クラーツが微笑(わら)った。


「そんな訳で、宮城・ヒューズ組と、リーン・レインバーグ組との、二対二の模擬戦の始まりだ。宮城准将とヒューズ中将って、あの、伊原(いはら)情報局長から直接指導を受けた、所謂、兄妹(きょうだい)弟子らしい。宮城准将が、常人超えて強いのも納得だが、ヒューズ中将も相当だって事になる」


「あの、って?」


「ああ、タカキは知らないか。伊原局長、宙域情報部出身で、白兵戦部隊の隊員達には、神とまで崇められている人だよ。士官学校の臨時教官も、たまに引き受けているらしくて、私の代には幸か不幸か当たらなかったけれど、エルナトの代には、教官として、いらっしゃったみたいだ」


「おお。後にも先にも、強烈な踵落としくらって、床と強制的に接吻(キス)させられた上に、目から星が飛んだ、マンガみたいな体験したのは、あの時だけだな」


「な、なるほど……それで今、審判役を?」

「⁉︎」


 天樹と話していて、エルナトもクラーツも気が付いていなかったのか、会場中央にはいつの間にか、引き締まった体躯の壮年男性が立っていた。


 それは、さっきまで共に会議に出ていた筈の、情報局局長・伊原春臣(はるおみ)中将その人である。


「いつの間に……っつか、誰が知らせたんだ……」


「はい、オレ。たまたま、そこで帰りがけの伊原さんに会ったから、お誘いしてみました。ちなみに審判頼んだのは、伊原さんが会場に入ってくるのを見た、ヒューズ中将」


「リド⁉」


「やあやあ、皆さんお揃いで。そして、見慣れない美女が一人。初めまして? 第五艦隊参謀長リド・ハーフェルベルク准将、エルナト(コイツ)()()です。宜しくお見知りおきを」


 エルナトの右肩に左肘を預け、いたって軽い調子で右手を上げたのは、第五艦隊参謀長、エルナトの同期兼幼馴染、リド・ハーフェルベルク准将だった。


「え…あの、若宮水杜…です…宜しくお願いします…?」

「うん、何で疑問形?」

「いえ、ちょっと慣れないノリと言うか……」


「正直だねぇ。そう言うの嫌いじゃないけど。本多少将の所に今度入るのって、君だろう?泣かされたら、オレの所に遠慮なくおいで」


「何で俺が泣かせる前提……」

「その方が面白いからに決まってるだろう?」


 手塚を「軽く」すれば、こうなるのだろうかと、水杜は一瞬場にそぐわない事を考えてしまった。


「リド……」


 軽く額に手を当てたのは、エルナトだ。


「よく伊原さんも、首を縦に振ったな。帰るところだったんだろう?」


「だからじゃないのか?あと『貴方の弟子が、天恵の才だけで現在(ここ)まで押し切ってきた、若手二人の鼻っ柱折るの、見たくないですか?』って言ったのも、あるかもな」


「無茶言ってんな、おまえ……」


「そうか?現に涼子は、あの二人よりも強い。最近、だいぶ実力差が縮まってきたとしても、だ。涼子はそれ以上に努力を重ねてんだから、当然だろ?」


「おまえが、ドヤ顔で語ってどうする、リド……」


 エルナトと同期=宮城涼子とも同期になるため、公の場以外での、ハーフェルベルクの口調は気安い。


「本当はヒューズ中将じゃなくて、俺が涼子と出たくて、伊原さんに立ち会って貰おうと思ったのに、反則だよなぁ」


 本気で悔しがっているところからすると、このリド・ハーフェルベルクも、相当の実力者なのだろうと、水杜や手塚は思った。

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