天樹Side3:奇術師再臨(中)
「……ちょっと残っていこうか、手塚?」
散会後、ルグランジェと共に、何事もなかったかのように部屋を出て行きかけた手塚を、顔を痙攣らせたまま、天樹が呼び止めた。
「……そう言う本多の表情、初めてみるな。サプライズ成功?いや、一回おまえをギャフンと言わせてみたかったんだよなぁ」
「……俺は真面目に話してるんだがな」
「私も……手塚君、ちゃんと説明した方が良いと思う……」
天樹どころか、水杜にまで「敵」に回られた手塚が、一瞬怯んだ。
「いや……一年かけて身の振り方を考えるって言ってたのが、今日になっただけの事であって……今更、結論は変わらないぞ?何を聞きたい?」
「おまえ――」
「はい、ちょっとストップ!」
なおも天樹が言いつのりかけたところで、突然、天樹を肩から抱えこむようにして、壁際に引きずり込んだ人影があった。
「なっ……」
「やぁ、タカキ。お取り込み中のようだけど、その前に、私やエルナトに説明する事があるんじゃないかな?」
もう一人、別の青年が、そんな天樹を笑顔で上から覗き込んでいる。
「クラーツ……」
第十三艦隊司令官クラーツ・ダングバルト少将は、笑顔だが――目は笑っていなかった。
「どこら辺が、療養が必要な程の体調不良だって?おまえんとこの従卒が、方々から詰め寄られて、涙目になってたけどな?まぁ、それでも折れなかった根性だけは、褒めてやる。ありゃ、将来有望だ」
天樹を抱えこんでいる方の青年の表情には、青筋が浮かんでいるようにも見える。
「ちょっ、エルナト先ぱ……馬鹿力、話せない……って!」
ギブアップとでも言うように腕を叩く天樹に、第五艦隊司令官エルナト・アルフェラッツ少将が、ようやく腕を離す。
「けほっ……ごめん、後で執務室に行って良いかな。主任軍医の馘がいきなり飛んだら、それは確かに驚くと思うけど、後でルグランジェ中佐連れて、話をしに行くから」
手塚との話なら、残る必要はないとみて、会議室から出て行きかけていたルグランジェが、そこで足を止めて、振り返った。
「私ですか?ええ、まあ、お望みとあれば……如何ようにも。ただ、それに関しては、リーン少佐の資料が活躍してくれた部分も大きいので、先に彼女に聞いて貰った方が、あるいは――」
それを聞いた、エルナトとクラーツが、顔を見合わせる。
「……だ、そうだが。どうする、クラーツ?」
「フォンシエ中佐の馘が飛ぶのは、自業自得だろうから、そこまで固執していないけどね。私としてはむしろ、誰かさんの謎の体調不良の理由が知りたいんだが……十中八九、リーンならそれも把握していそうだから、タカキが来るよりも先に、捕獲しておくのも、アリかも知れない」
「ああ、なるほど。いなけりゃいないで、レインバーグを捕まえときゃ、いずれ、リーンも釣れるか。アイツもアイツで、リーンやタカキがやった事を把握していない筈がないしな」
自分達の関係性を正確に把握されていて、天樹としても、苦笑を浮かべるしかない。
ルグランジェがさりげなく、自分と手塚との間の時間を確保させるために、ガヴィエラを生贄に差し出した事にも、察しがついている。
「分かった。それなら俺たちはいったん退く。ただし、リーンにしろ、レインバーグにしろ、ウチの宮城の名前出しときゃ、摸擬戦やりたさに釣れるだろうから、おまえが来るまでの間、捕獲して事情聴取させて貰うぞ。話が済
んだら俺の執務室へ来い。クラーツも、それで良いよな?」
「構わないよ。私はいったん、マクレーン少佐に事情を説明してから行くよ。彼女も、藤城大尉やフォーセット大尉と親しかったようだからね。この話を伝えたら、多分喜ぶ」
フラウ・マクレーン少佐はクラーツの副官の名だが、宮城涼子准将に関しては、エルナトの腹心で副司令官、現在女性将官の最上位に立つ女性だ。
10人中10人が、美女と認めるその美貌もあるが、その腕っぷしは、軍全体を見渡しても、片手の数で事足りるであろう、ガヴィエラやキールをも凌ぐ実力の持ち主だ。
摸擬戦をちらつかせれば、釣られる筈とエルナトが言うのは、あながち間違いではない。
(ガヴィ……ごめん)
現在はどうしても、手塚と話す必要があるため、天樹は心の中でガヴィエラに謝罪した。
「……ちゃんと、味方になってくれる士官はいるんだ」
将官二人が会議室を後にするのを見ながら、水杜が好意的な視線を向けている。
そうだね、と天樹も頷いた。
「軍に入って、右も左も分からなかった俺に、あれこれと世話を焼いてくれた二人だよ。今回の件も、頼めば力を貸してくれただろうし、多分その事を怒っているんだと思うけど、いくら何でも、艦隊司令官でもある少将閣下は巻き込めないからね……」
本当なら、ガヴィエラやキールだって、巻き込むつもりはなかったのだから、尚更だ。
言葉にしない天樹の心中を、水杜は正確に理解した。
「何だか――」
「ごめんなさい、は聞かないよ、若宮さん。さっき、俺の手をとってくれた時点で、もうその言葉は聞かない事にした。――そんな訳で手塚、話の続きだ」
わざと、水杜の気持ちをほぐすように軽口を叩きながら、天樹は改めて手塚へと向き直った。
「いきなり1年後が今日になって、病院がもめない筈がないだろう。しかも、軍病院実習の筈が、戦艦に乗るんだろう?玲仁院長が許可したとは、到底思えない」
玲龍グループの長、手塚の父親である、手塚玲仁を天樹も知らない訳ではない。
何しろ、自分の父親、本多財閥の長、本多鳴海の主治医だ。
「5年前、もめたであろうおまえに、あれこれ言われてもなぁ……っつーか、親の図式を引き継ぐって意味じゃ、俺がおまえの旗艦に乗るのは、あながち間違ってないだろうに」
寝耳に水だった事を怒ってはいるものの、本多財閥の後継者である事を顧みずに、軍に身を投じた天樹に、言えた義理ではない事を、自覚していない訳ではない。
天樹は、らしくもなく、短く舌打ちした。
「おまえが、俺の主治医になるとでも?」
「実際、そう言ったら親父は妙に納得してたさ。グループ全体で言ったら、姉貴の方が今は現役バリバリの外科医で、信も厚い。おまえと一緒に地上から離れているくらいが、病院の中は平和なんだよ。トップの椅子に座るだけだったら、年寄りになったって出来るし、義理の弟だっているしな。だが、まぁ真面目な話、俺には圧倒的に経験が足りてない。カルヴァンでそれは痛感した。机上で手術が出来る訳じゃないし、あの手術を見ていて、ルグランジェ中佐から、もっと教わりたくなった。その中佐が選んだ先が、おまえの所だって言うんだから、しょうがないだろうが」
話の途中から、声に冗談の要素がなくなっていた事に、天樹も水杜も気が付いていた。
視線を向けられたルグランジェが「光栄だね、手塚君」と、柔らかく微笑んだ。