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虚空のシンフォニア――序奏・黎明の迷宮――  作者: 渡邊 香梨
終章 二つのアステル
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軍司令部Side4:奇術師再臨(前)

「5年前の〝トリックスター事件(ケース)〟を、覚えているか、二人とも?」

「そりゃぁ……まぁ……」


「閣下がファイザード大佐の代理で〝アステル法〟を行使して、兵役を飛び越して、当時高校3年生だった本多少将を軍隊入りさせた要因、と言う程度になら」


 どこまで説明して良いか分からなかったらしいヒューズの後を引き取ったシンクレアが、より詳細な答えを返した。


「対外的には、中学3年生の彼の弟・本多神月(かづき)を扇動者として、中学生数名に兵役延長の処分を下して決着させつつ、内部では、彼に知恵を付けたと思われた兄・本多天樹を軍に取り込んだのではなかったかと」


「今だから言うが、あの話には続きがある」

「続き、ですか」


「確かに、弟に知恵を付けたのは、本多だ。だが、立て籠もりの最中(さなか)に、軍の目をかいくぐって、怪我人や死者を建物の外に退避させた人物と、そもそも、あの、軍側ですら容易に踏み込めなくさせた、立て籠もり体制を校舎内に作り上げた人物とが、別に存在していた。本多はついぞそれを口にする事なく、黙って〝アステル法〟を受けた。それでも私がそれを知るのは、ファイザードが当時私見として、口にしていたからだ」


「……学生の中に?」


 唖然とするヒューズの呟きも、無理はない。


 本多天樹もそうだが、今すぐにでも、軍の艦隊参謀が務められるだけの事を、高校生がやってのけたと言うのだ――それも、本多天樹含め、3人もの人数で。


「ファイザードが当時挙げていた、本多以外のあと2人が――若宮水杜と、手塚玲人」

「――っ!」


 さすがのシンクレアも、ヒューズ同様、二の句が告げずにいる。


「ファイザードは同時に、それを裏付けさせるために、手塚玲人を軍属のソフィア医大へ入れるよう、()()に圧力をかける事と、若宮水杜に、地球(テラ)国立図書館の業務を兵役延長の代償として、無償で引き受けさせる事とを提案してきた。『今回の騒動の中心にいた事を黙認する代わりに』と言って、それぞれがど

う出るかで、真実が見える、と。結果は言わずもがな……だな。若宮水杜が、兵役延長どころか、兵役にも就かずに図書館に在籍しつづけてきたのは、単に彼女の能力が想像以上だった為に、図書館側が本気で惜しんだにすぎない」


 マジか、と小声でヒューズが唸り声をあげるのが、やっとだ。


「……ちなみに手塚玲人に関しては、何故、本人ではなく、実家に圧力を?」


手塚玲人(ヤツ)は、軍病院とほぼ同等の設備規模を持つ、医療法人玲瓏(シーリン)グループの跡取り息子だそうだ。戦傷などで途中退官した医師なんかもお世話になる、非常に有難い再就職先だな。そんな跡取りを、軍になど持っていかれてはたまらないだろうから、心あたりがあるなら、兵役の代わりとして、実家(グループ)側も折れるとファイザードは踏んだんだ。ルグランジェは、彼の指導教官になった時点で、そのあたりの事情は聞かされていたんだろう。彼にも充分に〝アステル法〟を適用出来る能力があると考えた」


「……いやそんな()()()()()()なら、むしろ今度は全力で拒否されるんじゃ……」


 玲瓏(シーリン)グループは、民間の事にはやや疎い、ヒューズでさえも知る大病院だ。


「さてな。そこは本人の方に何らかの心境の変化があったんだろうとしか言えん。それを言うなら、若宮水杜にだって、同じ事が言えるからな」


「……なるほど」


「ともかくも、ルグランジェが二人を伴って、会議室に現れた時の、本多の表情(かお)がまぁ……挙句、手塚、若宮、2人の()()()として、第九艦隊に自分も置いて欲しいとまで言われて、返す言葉を無くしているんだからな。無断行動ばかりで、一度シメてやろうかと思っていたが、アレで少し溜飲が下がった」


「…………」


 大将の地位にあるクレイトンに、実際に()()()行かれても困るので、シンクレアもヒューズも、そこは胸を撫で下ろしたが、この数日でルグランジェがやってのけた事を考えると、クレイトンのように、笑ってばかりもいられない。


「結局ルグランジェ中佐は、〝トリックスター事件(ケース)〟の全てを、白日の下に晒してしまったんですね?」


「そうとも言い切れないな。対外的にはまだ、何一つ明らかになっていない。あくまで幹部会の中で〝アステル法〟適用の理由付けの一端として、明かされたに過ぎないし、そこまでは当事者2人も了解した事だ」


「……ちなみに閣下からご覧になった、手塚玲人、若宮水杜両名の印象は?」


「あれは他人の権力欲に敏感な者の目だ。一蔑しただけで、居並ぶ将官の力関係を見抜いた表情(かお)だったからな。下手をするとこの先、第九艦隊自体が、そら恐ろしい事になるぞ。実際の戦場で、どれほどの事が出来るか未知数にしても、それを踏まえても、本多にアイツらを使いこなせるだけの器があるなら、一気に私の対抗勢力として、駆け上がって来る事だって出来るだろうよ。――シンクレア」


「……は」


「これを機に、私も更に上層部へ切り込むつもりだ。ヒューズにも言った事だが、私は、私以外の将官の全てを敵に回す事になっても、己の理想を曲げるつもりはない。この手で軍を変えてやると己に近い、ようやくそれに手が届くところまできたんだ。地位と命が惜しければ、今からでも引き返す事は出来るぞ。何も私に迎合しないからと言って、おまえ程の男を、前線の只中に放り出すつもりもないしな」


「閣下……」


 むしろ淡々とクレイトンはそう告げたが、滲み出る威圧感は半端がない。

 若干気圧されたようにヒューズを見やったものの、ヒューズはニヤニヤと微笑(わら)うだけである。


 ――初めから、答えなど決まっているだろうと言わんばかりに。


 その表情に、やや落ち着きを取り戻した態で、シンクレアは僅かに深呼吸をして、クレイトンの視線を受け止め返した。


「……貴方が、既存の軍に迎合しない方だと言うのは、とうの昔に承知していた事です。今更、地位も命も惜しみません。貴方が私を無用だと判断されない限りは、どうぞ『駒』の一つとして、いかようにもお使い下さい」


「――結構」


 その言葉をどう受け止めたのか、クレイトンはそれ以上を聞く事なく、(デスク)の上の書類の山をポンと叩いた。


「幹部会、諮問会を経て、結果的に二つになった〝アステル法〟は承認された。若宮水杜の分に関しては、後で本多から正式な書類が届くだろうから、内容を再確認して、総務局長(マノリト)宛送っておけ。今更、どちらにも難癖(けち)をつけるつもりもない、とな」


 承知しました、と深い一礼を見せるシンクレアの上に、そうそう…と、まるで些末事であるかのような声が降り注いだ。


「軍警察フィオルティ支局長、ジュリー・ヘレンズ大佐が近々、アルファード支部に異動になる。どうやら中央復帰の顔見世と引継ぎが明日あるらしいが、前乗りするそうだ。今日の幹部会の御膳立ての御礼に『奢れ』と、うるさいからな。(デスク)の書類は最後までやりきれんと思うが、後は任せる」


 は?と、声をあげたのは、ヒューズだ。

 シンクレアも、何とも言えない表情で、顔を上げる。


「もう夕方ですが」

「そうだな。だが私の『駒』として、身を粉にして働いてくれるのだろう?」

「そう言う意味ではないように思いますが……」


 不本意そうな二人の側近に、クレイトンは破顔した。


「そう言う意味だとも――今はな」

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