引き潮
「海だー!」
「やっほー!」
夏である。海である。きらめく太陽に白い雲、輝く海が穏やかに揺れている。
「シートはこの辺りで良いかな?」
「うん、良い感じ! パラソル立てよう」
大学の友達らと遊びに来たのだけど、海水浴なんていつぶりだろう? シートやパラソルをみんなで設置したら、ジャンケンで二手に分かれて私は買い出しに行くことになった。
「たこ焼きと、焼きそばと、あ、カキ氷のイチゴもお願いします」
「透子! あたし飲み物買っておくねー」
「お願いー」
食べ物を買って、飲み物注文中の友達を待つ。さすがに全員分の食べ物は多くて袋に入れてもらったけど、それでも両手が塞がってしまう。人通りの多いところだと邪魔になるから海の家の横側にいようか。
「あれー? お姉さん一人?」
「え」
突然話しかけられて振り向くと、大学生くらいの男性が三人並んでいて、思ったより近くて身を引いてしまう。
「そんな怖がらなくていーよ?」
「お前が近いから引いてんだろ」
「そうなん? 初対面なのに引くとか酷くない? ねえお姉さん、大荷物じゃん。持ってあげるよ」
「ちょ、結構です!」
我に返って離れようとするも、壁際で囲まれてしまい逃げ場がない。彼らは明らかに酒臭くて、まともに会話ができる気がしない。
「ねーお姉さんってば」
「っ」
進退窮まるとはこういうことを言うんだなと暢気な考えが頭をよぎった瞬間、誰かに手を引かれた。
「え、え?」
「ごめん、待たせちゃったね。行こう」
「ちょ、おい! 俺らがお話ししてる途中なんですけど⁉」
「俺のツレなんで」
そして見知らぬ男性は私の手を引き、人通りの多い海の家の正面側に連れて行かれる。
「手出しして大丈夫だった?」
手が離され、ようやくその人と向き合った。その人もやはり見た目は大学生くらいで、背が高く、僅かに日焼けしている。髪は短くさっぱりしていて体格も良いからなにかスポーツをやっているのかもしれない。
「えっと、はい。大丈夫です。ありがとうございました」
「人気の無いところは危ないから気をつけてね。それじゃあ」
そう言って彼は去ってしまった。ぽかんとしていると、後ろから友達がやってくる。
「どこ行ってたの? 探したよー」
「ゴメン。実はさ……」
戻る道すがら、起きたことを話す。友達は口をへの字にした。
「怖い! 怖すぎでしょ……。無事で良かったよ、もう。で、その助けてくれた王子様に名前とか聞いたの?」
「聞いてない……」
「もったいないー」
言われて始めてそのことに気付いた。確かにそうだわ……全然そこまで考えが回らなかった。私があまりにしょぼくれたからか、友達が笑う。
「そんな落ち込まなくたって。本当に王子様ならまた会えるよ。何より透子が無事だったんだしさ」
「それもそっかーていうか王子様って」
本当はまだ結構気にしているし、今すぐにでも探しに行きたいくらいだけど友達の手前、茶化して誤魔化す。でもキョロキョロすることは止められず、からかわれたし、それでも一日中キョロキョロし続けた。
「あ」
「あれ、昼間の」
その甲斐あってか、どうなのか。帰りの電車で再会することが出来た。後ろで友達がどよめいているがかまっている場合ではない。
「名前! 教えてください! あ、ちが。えっと、昼間はありがとうございました」
「どういたしまして。臼井健介です」
「私は木原透子です。あの、連絡先をお伺いしてもよいでしょうか。その、お礼を」
友達の「ナンパじゃん」「テンパりすぎてビジネス口調になってる」といった突っ込みを耳に入れないようにしつつ、臼井さんの顔を見ると驚いたように固まっていた。
「あの?」
「あ、ごめん。連絡先、これです」
スマホが差し出されて連絡先を交換する。彼の目が揺れたような気がした。