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秋灯

 秋の日はつるべ落とし。そろそろ夕方だなと思うと既に日は暮れかかっている。宿の入り口を箒で掃いていた私は急いで門の外へ出て灯りを灯す。するとそこには人が倒れていた。

「大丈夫ですか?」

 本当なら放っておきたいけれど、山中だし門前だし放置も出来ない。まだ今夜泊まる予定のお客様で入らしていない方が何組かいるので、入り口で倒れられていると困るのだ。

「す、すみません……」

 倒れていた男性はよろよろと起き上がる。全身泥まみれだけど怪我などはなさそうだ。

「あの、予約していた臼井です」

「臼井様でしたか。どうぞこちらへ。足下にお気をつけて」

 ご予約のお客様であればと、門の中へ案内する。玄関前で泥や埃をはたいてもらって、受付へと案内する。

「臼井様ですね。こちらに住所とサインをお願いします」

「はい。……あ」

「?」

 男性、臼井氏が記帳をを終えて顔を上げるが、何故か私の顔を見て固まってしまった。

「いかがなさいましたか?」

「あ、えっと……こんなところで……」

 臼井氏はしばらく呆然としていたが、被りを振って記帳に使っていたボールペンを置いた。

「その、お部屋へ案内させていただいてもよろしいでしょうか? それともお連れ様をお待ちになりますか?」

 彼の予約は和室で二名だった。しかし彼は首を横に振る。

「いえ、ここに来る途中に喧嘩して捨てられてしまいまして。なんとか宿の前まで来ることが出来たんですけど、力尽きちゃって……お恥ずかしい話です。あ、なので宿泊は一人でお願いします」

「いえいえ、お越しいただきありがとうございます。ゆっくり休まれてください」

 荷物は自分で持つというので私は館内の説明をしつつ部屋まで案内する。部屋に荷物を置き、お茶を出し、ようやく彼は落ち着いたようだった。

「お食事はお一人様分にいたしましょうか」

「はい、それでお願いします」

「承知致しました。食事は七時にお持ちしますので、それまでゆっくりされてください。大浴場は明日の十時までは自由にご利用いただけますので、そちらもどうぞ」

 そう言って退室しようとすると、臼井氏が腰を浮かせた。

「あの、木原さん」

「?」

 呼び止められて振り返る。

「俺、臼井健介って言います。木原透子さん、その、よろしくお願いします」

 名前を何故知っていたのだろう。名字は名札を見たのだろう。名字で呼ばれるのは珍しいことではあるが、ないことでもない。けど、名前は。

「あの、名前……どうして」

「す、すみません。いきなり。ちょっと混乱していて……。あ、そうです。受付! 受付のときにサインされてましたよね」

「そ、そうですね」

 臼井氏に記帳してもらった台帳に、受付担当者として名前を書いたから、それを見たらしい。そういうことも……ある、のかしら。

「呼び止めてしまってすみません。食事、楽しみにしています」

 頭を下げられ、私も一礼して部屋を後にした。一体なんだったのか。不思議と嫌な気持ちはしなかった。なんとなく制服の首元を直し、受付に戻る。ナンパなんて珍しくもないのにちょっと浮かれた気になるのは、よく見たら臼井氏の顔が悪くなかったからだろうか? そんな軽薄な。けど、彼に食事を持って行くのは私がやろう。

 足取り軽く、食事の手配を始めた。

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