はなむけ
母に呼ばれて祖母に会いに来た。祖母は和室で静かに眠っている。
「ばあちゃん、寝てるみたいだ」
そういうと母が頷く。
「ずいぶん夢を見ていたみたいでね」
「夢?」
「ええ。時折微笑んだりおじいちゃんの名前を呼んでいたから」
「仲、良かったもんなあ」
父方の祖父母はまさにおしどり夫婦で、孫の俺が照れるほどに二人はいつも寄り添っていた。
「おじいちゃんが最期に「また、何度でも会いに行くよ」って言って亡くなったそうだから、会いに来ていたのかも」
母は笑って部屋を出て行った。姉の一花は先に来ていたようで祖母の枕元には花が飾ってある。それとハンカチに小さな望遠鏡。
「それは一馬にってさ」
叔母の双葉さんが母と入れ替わりでやってきた。
「その望遠鏡ね、父さんが母さんに贈ったものなんだって。小さいけど結構ちゃんと見えるから使い勝手がいいって、父さんが言ってた」
「ばあちゃんじゃないんだ」
「あはは。母さんは星にそこまで興味なかったからね」
その分、私は本を読んでもらったりお話を教えてもらったと双葉さんは懐かしそうに言った。祖父は星の好きな人で、俺は小さいときから星のことを教えてもらっていた。その横で祖母はコーヒーを淹れたり灯りをつけて本を読んだりしていた。二人とも静かな人たちだったから、なにを言われることもなく孫の俺らも楽しく過ごしていた。
「父さんに星座を教えてもらって、母さんに星座にまつわる話を教えてもらってね。兄さんもそんな感じだったな」
「親父も?」
気象予報士の父は諸々の手続きで今は不在だ。葬式やらなんやらもそうだし、仕事の方も忌引きの手続きがいるのだと聞いた。
「兄さんは父さんに空の見方を教わって、母さんに天気図の見方を教わってね。新聞の天気図を集めてたよ」
「そうなんだ。ていうかばあちゃん、天気図読めるんだ」
意外だった。空のことなど興味なさそうだったのに。
「どちらかと言えば理系だったからね。天気図を見て洗濯物を干す場所を決めたり、翌年の花粉の具合を予想したりしてた」
静かに本を読んだり映画を観たり。時折友達と美術館や博物館に行ったり。そういう姿が印象的だったけど、言われてみれば理屈っぽい人でもあった。
「そうでしょ。よく言われたもの。ちゃんと言葉で相手に伝わるように言いなさいって」
「……ばあちゃんも怒るんだ」
「そりゃそうよ。私や兄さんにとっては母さんだからね。一馬と一花だって優花さんに怒られること、あるでしょ」
「めっちゃある」
「同じよ」
双葉さんが笑う。俺は譲り受けた望遠鏡を手に取った。ずっしりとした重みを感じて、それが祖父母の想いの重さみたいで切ない。
「いいの持ってるじゃん」
などとカツアゲみたいなことを言いながら姉の一花がやってきた。
「一花には好きな本持っていっていいってさ。後で山分けしよ」
「やったあ。気になる本、あったんだ」
そして父や母、双葉さんの旦那さんや従姉妹達もやってきて賑やかになる。物静かな祖母だったけど、最期くらい、残された者達が見送るときくらい騒がしくてもきっと許してくれるだろう。
「あらあら、楽しそうね」
そんな風に笑いながら祖父と並んで立っているに違いない。
さようなら、さようなら。どうか祖父と幸せに。祖母の旅路にはなむけを。昼間の空に白い月が浮かんでいた。




