かぼちゃ
「このドロボウ!」
それが彼、臼井健介に一番最初にかけられた言葉だった。
「え、え?」
当時まだ四歳か五歳だった私は、突然の怒声に驚いて焦ってしまう。
その時私は母方の実家に遊びに来ていたのだけど、母が祖父母や叔父たちと話し込んでしまい退屈だった。だから勝手に近所を歩き回っているところで、周囲にいつも助けてくれる母も父もいなかった。
「これはぼくのばあちゃんのハタケだぞ! かってにさわるな!」
「ごめんなさい。その、かぼちゃがとてもおおきくて、ピカピカだったから……つい……」
「ん? もっていこうとしたんじゃないのか?」
疑いの眼差しを逃れるように必死に首を横に振る。すると遠くから遅れてやってきた父が私を呼んだ。
「透子! どうしたんだこんなところで」
「おとうさん! あのね、このこが、おこって」
「?」
困った顔の父に必死に説明する。母が話し込んでしまって退屈だったこと。歩いていたら見たこともないくらい大きなかぼちゃがあって、幼稚園に置いてあったハロウィンの飾りのように輝いて見えたこと。つい手を伸ばしてしまって怒られたこと。
思い返せば拙くて意味のわからない部分も多かったのに、よく父は理解してくれたと思う。
「なるほど透子の言いたいことはだいたいわかった。多分ね。それで君は……この畑の持ち主のお孫さんなのかな?」
「うん。このハタケはぼくのばあちゃんのハタケ」
「そっか。じゃあおばあちゃんの畑を守ろうとしたんだ。ごめんね、透子はかぼちゃを持って行こうとしたんじゃないんだ。とても立派なかぼちゃだから触りたくなっちゃたんだ」
父は腰を下ろし、男の子と目を合わせた。男の子は頷いて
「ばあちゃんのかぼちゃ、でっかいもんな! それならしょうがないな」
と、笑って許してくれる。遠くから「けんすけー」と声が聞こえた。
「あ、ばあちゃん!」
振り向いた彼が大きく手を振ると、そこにはほっかむり姿の老婆が微笑んでいた。
「おや、お嬢ちゃんは……」
「とーこちゃんていうんだって! ばあちゃんのかぼちゃ、おっきくてぴかぴかって!」
「そうなのかい?」
父が立ち上がり、頭を下げて挨拶をする。
「ああ、よりちゃんとこのお婿さんとお孫さんかね。これはどうも。臼井です。ほれ、あそこの。この子は健介。よりちゃんとこのお孫さん……透子ちゃんとは同じくらいかね」
健介くんのおばあちゃんと父が話し始めた。どうして大人ってすぐに長話を始めてしまうんだろう。その疑問は大人になった今でも解決していない。
「なあ、ごめんな」
「?」
健介くんが眉を下げる。
「いきなりドロボウっていって」
「ううん。わたしもごめんなさい」
二人で謝りあう。そして私は父と共に母方の実家に戻り、勝手にいなくなったことを母に怒られた。
「臼井さん?」
父の話を聞いて祖母が微笑む。
「あら、そうなの。はなちゃんに会ったのね。はなちゃんはおばあちゃんのお友達なのよ」
「ピカピカかぼちゃのおばあちゃんは、はなちゃんっていうの?」
「ええ、そうよ。けんちゃんはこの近くに住んでいてね。よくはなちゃんのお手伝いをしていたから、きっといきなり知らない子がいてびっくりしちゃったのね」
その時玄関の方から
「よりちゃーん」
と、おばあちゃんを呼ぶ声がした。
「かぼちゃのおばあちゃんだ!」
祖母と共に玄関に向かうとはなちゃんこと健介くんのおばあちゃんと健介くんが立っていた。
「こんにちは、よりちゃん。これね、透子ちゃんに」
差し出されたのは抱えるほどの大きなかぼちゃ。健介くんがかぼちゃに負けないくらいにピカピカの笑顔だったことを今でも覚えている。
「とーこちゃん、明日には帰っちゃうんだろ? これな、おいしいから! めちゃくちゃおいしいから、たべろよ!」
「うん! ありがとう!」
かぼちゃは本当に大きくて、私には持ち上げることが出来なかった。……けど、それも昔の話だ。
「うん、今年も大きく育ちました」
土をはらい、一輪車にかぼちゃを積んでいく。今ピカピカかぼちゃを育てているのは私と健介くんだ。
「おばーちゃーん」
遠くで孫が手を振りながらやってきた。




