隙間
カーテンの隙間から星が見えた。夫の入院する病院は山の上にあって、夜になると星がよく見える。通うには不便な場所だけど、こうして泊まるときだけいい場所だと思える。
スマホが震えて娘からのメッセージの受信を告げた。真っ暗な部屋の中でスマホだけが光っている。こういうときに気兼ねをしなくていいから個室を選んで正解だった。
『明日は十一時に迎えに行くよ』
それによろしくと返事をして、画面を伏せる。夫は気付くことなく静かに眠っている。私もそろそろ休もうか。夫との夕食を済ませてから病室についていたシャワーを使わせてもらえたし、泊まり込み用の簡易ベッドも借りることができた。ちょっと狭いし固いけど一晩くらいならどうってことはない。ちょっと考えてからカーテンを少し開けて横になった。
「ここ、星が綺麗だろう」
突然、夫が小さな声で言った。
「起きていたの?」
「今起きた」
互いに起き上がらず、顔も見合わせない。でもきっと見ているものは同じだ。
「毎晩、星がよく見えるんだ。少しずつ動いていてなあ」
「うん」
「望遠鏡、持ってくれば良かった」
「持ち込みは出来るのかしら」
「早く帰って家で見よう」
夫の言葉に胸が熱くなる。彼が家に帰ってこれることはあるのだろうか。私は努めて明るく返事をする。
「そうよ。早く帰ってこないと一馬があなたのとっておきの望遠鏡を狙っているわ」
「一馬が? そうか。あいつも星を見るのか」
夫は嬉しそうに言った。息子の一斗は空は見るけど星ではなく気象に興味を持ちそちらの道へと進んだ。娘は星に興味を持ったけど星空ではなく星座に興味を持ち、それが長じて神話や古い物語を研究する道を選んだ。だから純粋に星空を見上げる仲間が増えたことが嬉しいのだろう。そもそも息子の息子である一馬に望遠鏡の使い方を教えたのは夫なのだ。
「一斗と双葉は元気か」
ふと息子と娘の名前が出る。
「一斗はテレビで見るけど双葉はそうもいかんし」
「二人とも元気よ。双葉は明日私の迎えに来てくれるわ」
「そうか」
一斗は気象予報士として昼頃のニュースに出ているので、少なくとも元気に仕事をしているのが夫にもわかる。けど研究者である双葉はそうはいかない。
「次に来るときは双眼鏡でいいから持ってきてくれ。一馬に言えばどんなのがいいかわかるから」
「わかりました」
家に帰ってきて自分で探してよ、とは言えなかった。代わりに星空の瞬きを数える。そうしてないと気持ちが湿っぽくなってしまいそうだ。
「オリオン座は見えるかな」
「え?」
カーテンの隙間からは良く見えず、ベッドから起き上がって窓に近づく。三つ並んだ星はやや東の空に見つかった。
「見えるわ」
「秋から春の間は見える星座だ。その間はアルテミスも慰められる」
「……図々しいわ?」
それって自分がオリオンで私がアルテミス? あまりに図々しい例えで笑ってしまう。それにオリオンが空に上げられたのは亡くなって生き返らせることを神々に拒まれたからじゃなの。空になんて上がらないでよ。私の隣にいてよ。その願いはきっと女神も祈ったことに違いなく。
「季節がペルセポネとは逆だけど、まあいいさ。俺はどこにいたって君の夫だ。おやすみ透子。寝坊したら双葉に怒られる」
言いたいことだけ言って夫は寝てしまった。なんて自分勝手な。
「おやすみなさい」
仕方がないので私も再びベッドに横になる。硬いベッドは僅かな間に冷たくなってしまっていた。閉め忘れたカーテンの隙間からは、未だたくさんの星が輝いて見える。




