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ほろほろ

 今日は一人で彼に会いに来た。空は高く澄み、雲一つない。山の中腹にあるからか昼近い時間なのに空気はしんと張り詰めていて遠くで小鳥のさえずりが聞こえるのみだ。

「久しぶりね。健介さん。今日は私一人で来ましたよ。子供達は仕事がありますからね」

 まずは挨拶をして、それから掃除を始める。事務所で借りてきた箒とちりとりで周囲を掃き清め、次いでやはり借りた雑巾で全体を拭く。一人だと大変だけど、でもだからこそ、たまに一人でやりたくなる。

「うん。ピカピカ」

 頑張った甲斐があって墓石はきれいになり太陽の光を浴びて光っている。健介さんや義父母も喜んでいるだろう。

「健介はいい嫁さんもらったなあ」

「仲が良くてねえ。それが一番だわ」

「仲の良さなら俺らも負けられんよ」

 なんて生前の義父母はよくそう笑っていた。懐かしいものだ。先に病で義母が倒れ、後を追うようにして義父もすぐに亡くなった。仲が良かったからと健介さんは笑い、こんなにすぐ行くなんて濡れ落ち葉じゃないかと義妹は泣きながら怒っていた。

「お花はね、一花が選んだのよ」

 息子の子供である一花は草花の好きな子で、幼稚園に入った頃からフラワーアレンジメントを習っていた。幼稚園の園長先生の知り合いの教室だそうで、最近の子供の習い事はずいぶんハイカラなんだと驚いたものだ。今では一花は生花店でバイトをしながら草花の事を勉強していて、我が家に遊びに来るときやこうして花が必要になったときには花束を用意してくれるまでになった。

「そう言えば、あなたもよく散歩の時に聞かれると言ってたわね」

 まだ一花が幼かった頃、よく

「おじいちゃんと散歩に行こう」

と健介さんは一花を連れ出していた。そして帰って来ると困った顔で

「川辺に咲いてるピンクのはなんて名前だ?」

 なんて言っていた。でも逆に一花や他の孫が家に泊まるときは、夜に庭に出て星の名前を教えていた。

「一花がなあ、あれは北極星って教えてくれてなあ」

 なんてニコニコしていたのをまだ覚えている。一花に弟が生まれて大きくなってからも一花と弟の一馬を連れ出しては星の話をしていた。そのせいか一馬は空の好きな子供で、よく雲の形や空の色の話をしていたっけ。

 なんて考えていたらいつまで経ってもきりがない。私は一花が作ってくれた花束を生けてお線香に火を灯す。横に寝かせたら手を合わせて目を閉じる。

(こちらは元気でやっています。娘が一緒に住まないかと誘ってくれますが、たぶんこのまま一人暮らしをして、ままならなくなったらホームにでも入ろうと思います。貯金を貯めてあるしホームの目星もつけてあるから大丈夫。ピンピンコロリがいいのだろうけどね。そろそろ寂しいので会いたいです)

「あ」

 私はバカだ。会いたいなんて、そんなことを思ってしまったら辛くなるとわかっているのに。でも願わずにはいられなかった。会いたいな、会いたいな。あなたと並んで生きたかったな。もちろんあなたは早死にではなかった。平均的な寿命だったように思うし、葬儀の際も悲観的な雰囲気なんかではなく始終穏やかだった。でも、それとこれとは別問題だ。

 ほろほろと涙がこぼれた。会いたいな、会いたいな。そんな歌詞があったように思う。あれは、なんだっけ。まだ子供が小さかった頃に一緒に見ていたテレビだろうか。どうにもこうにも涙が止まらない。困ったな。

 今更だけどカバンからハンカチを出して目を押さえる。でもそのハンカチが健介さんがくれたものであると気付いて、余計に涙は止まらない。もうほろほろどころではなかった。一人で来て良かった。

 冷たい風が吹き抜けて落ち葉が舞う。空は高く、空気はひんやりしている。遠くでトンビが鳴く声が聞こえた。次は子供達も一緒に来ようか。それとも、私が子供達に抱えられてやってくることになるのか。どちらでもかまわない。もうしばらく、一人で泣いていることにした。


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