対価
無事に挙式を終えて式場を後にする。荷物になりそうなものは全て宅配を頼んだから手にしているのは小さな花束と彼の手だけだ。
「これからよろしくね」
何の気なしにそう言うと、彼はきょとんとしてから笑顔で頷く。
「うん。これからもよろしくお願いします。えっと……何て言うんだっけ。そう共白髪」
「いいわね、それ」
「そのためにも髪を大事にしよう」
二人でクスクス笑いながら家に向かう。気分がいいからと選んだ川沿いの道は予想通り気持ちのいい湿った風が吹いている。強すぎず、でも涼しさも感じる優しい風だ。
挙式前に引っ越しは済んでいるので、帰ったら仕事のときと変わらず風呂に入って寝るだけだ。それでもやっぱりいつもより浮かれてしまうのは結婚式という一大イベントを終えた後だからだろうか。
「式、良かったね」
「そうだな。親父たち、めっちゃ泣いてた」
「健介さんも涙ぐんでたじゃない」
「透子はそうでもなかったな」
「泣いたらメイクを直すのが大変だから泣かないようにって言われてたの」
「マジか」
そんなささやかな雑談をしながら家に向かう。二人で住む、二人の住処へ。
空に月はなく、代わりに星が輝いている。穏やかな優しい夜だ。
「なんだか怖いな」
「なにが?」
真っ黒な川面がゆったりと揺れて、大きな生き物みたいだ。くじらとか。
「今がとても幸せだから、どこかで帳消しになるのかなって。プラマイゼロ。幸せの対価を支払わないといけないような」
なんとなく隣を歩く健介さんの顔が見られなかった。彼はどんな顔でこんなしょうもない話を聞いているというのか。
「たぶん大丈夫だよ」
それは、どういう意味か。言葉だけ聞けば適当に聞き流しているか、やんわり宥められているようにも取れるけど、声はいたって真剣そのものだった。
「今、俺らがこうして過ごしている日々自体が、誰かの娯楽なんだからさ」
「え?」
「ねえ、お腹空かない? 式中にちょろっと食べてそれっきりだしさ、なんか食べて帰ろうよ」
「う、うん」
それっきり、先程の話がなんであったかは聞けなかった。
誰かの娯楽? それはまるで私たちが映画や小説のキャラクターであるかのような。ふと、顔を上げる。私たちを読んでいる誰かと目が合ったような気がした。




