泣き笑い
村の集会所に、ある日突然看板が立てられた。
『魔女を見つけ次第、捉えよ』
「これは?」
看板を立てる国の役人に問うも答えは返ってこず。さらに追求しようとすると村長に止められた。
「けど」
「誰かが……この村に魔女がいると密告したのじゃろう。そして国はそれを認めた。それが全てじゃ」
それは、つまり。
「誰かを差し出すか……それとも皆で心中か。この看板が立つとはそういうことさね」
村長はため息を吐いて背を向ける。看板を立て終えた時点で役人は去っていて、代わりに村民が集まってヒソヒソとささやいている。
「どうしよう」
「誰かを差し出す?」
「誰を? あたしは嫌よ」
「私だって嫌だわ」
「でも村ごと心中だなんて」
「誰かいないかしら、村の救世主は」
そう言い合う彼女らと目が合った。すがるような眼差しに目を細めて返すとすぐに逸らされる。そうでしょう、そうでしょう。自分だけ死ぬのは嫌だし、みんなで死ぬのも嫌。じゃあ誰かいないかしらってね。そこに孤児で村長に引き取られていて、特に村でも役立っているように見えない小娘がいたら「あら、丁度いいじゃない」なんて言いたくなるのかもしれない。冗談じゃないですけど。なおもヒソヒソとささやき続ける彼女ら、その他の村民の間を縫って家へと向かった。
「ただいま」
「おかえり。喧嘩などはしていないかい」
先に帰宅していた村長……じじ様が笑いながら言う。
「してないわよ。なによ、藪から棒に」
「お前さんが人を刺しそうな剣呑な雰囲気を漂わせているからだよ、トーコ」
失敬な。うら若き乙女になんてことを言うのか。
「しかし……どうしたものか」
じじ様はため息を吐く。さっきからため息ばかりで、そのうち風船のようにしょぼくれて飛んでいってしまうのだろう。
「村のお姉様方は私が適任だと仰っていたわよ」
「また、お前はそういうことよ」
「事実じゃない」
「あれらはお前のことを知らんからなあ」
そうでしょうとも。今今村における経理は私が担当している。ついでに余所の村との折衝役や手紙のやり取り、ついでにじじ様の健康管理も。
「むしろ経理をやりたいのかしら」
村の財源管理を任されることで自身の懐が潤うとでも思っているのかもしれない。ばかばかしい。もしそうなら、私はこんな粗末な服は着ていない。
「お前の服が粗末なのはお前がそそっかしい上に手先が不器用すぎて繕い物ができないからじゃろうに」
「う、うるさいなあ」
もちろんそういう理由もないとは言わないけど。
「でも、よ。じじ様。じゃあ他に誰か差し出せる人がいるのかしら」
「強いて言うならこのじじいかねえ」
「それだと私が身寄りをなくすのだけど」
「隣村にでも嫁げばよいのさ。村長の次男がお前を気に入っておったろう」
「お断りよ。あの人臭いし目つきが嫌らしくて無理」
それに私が嫁いでからじじ様を魔女狩り連中に引き渡しでもしたら、きっと私こそが村長を死に追いやった魔女だと村で言われる。そして魔女をかくまっているのは隣村だと言いだして揉める元になるに違いないのだ。
「めんどうじゃのー。もういっその事心中か……いや、しかし」
じじ様が頭を抱え込んでしまった。仕方がないので私はいつもの仕事を始めることにする。掃除に洗濯、料理の仕込み。それを終えたら今季の収穫量の確認と、近隣の村へ出荷できる品物の整理。
「じじ様ー!」
家の戸がガタガタと震える。慌てて戸を開けると怯えた表情の村の子供と鎧をまとった国の兵士がいた。
「なにかしら」
「こちら村長のお宅で間違いないか」
「ええ。あっています。連れてきてくれてありがとうね」
子供を帰してからじじ様を呼ぶ。じじ様が現れると兵士は兜を外した。
「急に押しかけてしまい申し訳ない。魔女はどなたですかな」
「本当にのう。魔女などいないさ。そんなこと国の兵士たる君らはわかっているだろうに」
じじ様はいつになく強気な調子で話す。もしかして本気で自分が死地に向かうつもりだろうか。
「そうかもしれない。しかし魔女の実在を問うのは我々の仕事ではない。私の仕事は他人から魔女だと認識されたものを処刑することなのでね」
「酷い話だわ」
びっくりして口を挟んでしまった。
「それが為政者のやることかしら」
「君はずいぶん高潔な人物のようだ」
振り向いた兵士の顔は思ったり若かった。もしかしたら私とそう変わらないのかもしれない。
「君のような人物が上に立つのなら、そのようなことにはならないのかもしれないがね。少なくとも今はそうではない。そして私に為政者の資格やあり方を追求する権利はない」
だが……と彼はつぶやく。
「ふむ。悪くない顔だ」
彼の腰に下がるサーベル。その持ち手にkenと掘られている。文字が揺れて兵士が私の顔を覗き込んだ。
「今回はこのような出会いで残念だ」
「え?」
しかし兵士はすぐにじじ様の方へと向き直る。
「申し訳ないが事態は急を要する。明朝までに魔女が差し出されない場合、私の部下がこの村を焼くだろう。よく考えて行動をしてほしい」
そう言って兵士は出て行った。
「もうお終いじゃなあ」
「そうかも」
じじ様と二人で昼ごはんを食べる。食後のお茶を淹れていると村人が何人かごとに別れて訪ねてきた。
「本当に魔女がいるのか?」
「生け贄を差し出すべきでは」
「もう手立てはないのか」
「家族で近隣の村に移住することにした」
「あの娘を差し出せば事は済むのでは?」
等々、各自言いたいことを言っていく。
「まあ、それが現実的よね」
そう言うとじじ様が眉を下げた。
「しょうがないのよ。明日の朝、私が魔女ですと言えば全てが解決するわ」
「……そうかのう」
じじ様はなぜか窓の外を見た。暗くなりつつある空の端で夕日が燃えている。
「仮にも国の兵士じゃからのう。そんな杜撰な仕事はしなかろうよ」
「?」
じじ様の視線の先には夕日が燃えて……違った。いえ違くはないのだけど、夕日と共に森と民家、畑なんかも燃えている。
「手遅れじゃったなあ」
「なんでそんな暢気な」
しかしじじ様は首を振ってお気に入りのロッキングチェに沈み込んだ。
「言ったじゃろう。国の兵士じゃと。偽物の魔女を掴まされるくらいなら、全員燃してしまうのさ」
「大雑把ねえ。それこそ杜撰じゃないの」
あまりのやり方に思わず笑ってしまう。すると家の戸が開き昼前に来た兵士が入って来た。
「トーコ」
「え? 私のことをご存じ?」
「ああ。今回は君を助けることが出来なかった。しかしこのまま君が死んだ後に生き残っても仕方がないのでね、同伴させてもらうよ。最期に会えて良かった。星の一つでも共に見たかったが……そんな時間はなさそうだ」
そう言って彼は兜と鎧を脱いでその辺に放り投げる。
「なんじゃ。思ったより見所のある男じゃないか」
「そうかしら」
でもまあ、そうしたいのならそうすればいいわ。彼はじじ様の斜め向かいに腰を下ろすので、私も並んで座る。既に我が家にも火の手が回りつつあり、外から
「隊長! いずこにおられるのですか! ケン隊長!」
と声が聞こえた。当人は泣き笑いみたいな顔で私とじじ様を見ている。
「私が……俺が信じたものとは何だったのだろうな。無辜の民を火にかけた先に、どんな未来を求めていたのか」
私から述べられる事はない。やがて全ては燃え尽きるのだ。




