缶詰
母からスマホにメッセージが届く。
『もらいものですが、あまりに多いのでお裾分けを送ります』
……何を? そう返そうとした途端に玄関のチャイムが鳴った。
「お届け物でーす」
出ると宅配のお兄さんが大きな箱を抱えている。
「重いので玄関に置いちゃいますね」
「ありがとうございます」
そっと置かれた箱の品物名は『缶詰』え? まさかこの大きな箱に缶詰が詰まっている? 宅配のお兄さんへの申し訳なさでめまいがするくらい箱は大きい。
「こちらに判子かサインをお願いします」
「あ、はい。すみません。重かったですよね……」
「大丈夫ですよ。よくあることです。それでは」
お兄さんは爽やかな笑顔で去って行く。名札に『臼井』と書いてあるのがちらりと見えた。
玄関で箱を開けると、さすがにみっちり缶詰ではなかった。けど下半分は全て缶詰で重たいのは間違いない。どうやって宅配に持っていったのだろう? 集荷してもらったのかな。缶詰はスープのものがほとんどで、あとはホールトマトとコーンが少しずつ。その上には母が見つけたという可愛い雑貨やタオル、父の出張のお土産だというトーテムポールが入っていた。
『缶詰はこの三倍くらいの量が家に届いたので、手をかけなくても食べられるものを送ります。でも少しくらい料理をしてください。トーテムポールはお父さんのお土産です。魔除けにも棍棒にもなります。玄関に置いておくといいと思います』
という手紙もついていた。魔除け? 棍棒? 母は私がどんな生活を送っていると思っているのだろうか。それに料理……。まったくしないわけではないけど、平日は会社と家の往復だし、休みの日も疲れてぐんにゃりしていることが多いから料理なんてなかなか時間が取れない。出来ないわけじゃないんですよ?
「……って言ってるのがバレてるんだろうな」
仕方ないので缶詰やその他のものを片付ける。トーテムポールはとりあえず玄関の棚に飾っておいた。
段ボール箱を畳んでからトマト缶とコーン缶で出来る料理を検索する。たぶんカレーでが出来そう。たくさん作ればしばらく食べられるし、最初は肉を入れて減ってきたらシーフードミックスとか入れればいいので、簡単な割に長く楽しめそうだ。よし、そうしよう。さっそく買い物に行き、米を炊いて鍋を出す。最初は鶏肉にしよう。せっかくだから大きめに切ってしっかり焼いて入れよう。できたトマトとコーンのカレーは間違いのない味で、気分の良い週末を過ごすことが出来た。
翌日の月曜日、仕事を終えて家路に就く。帰ったらカレーがある! コンビニで何を買うか考えなくていい! なんて浮かれつつ歩いていると駅前のドラッグストアで見覚えのある背中が見えた。
「?」
近付くと昨日の宅配のお兄さんで、熱心に湿布を選んでいる。もしかしてあんな重たい箱を持たせてしまったせいでどこか痛めたのだろうか。どうしよう、なんて悩んでいると気配に気付いたのかお兄さんが振り返る。
「あ」
「す、すみませんでした!」
「ええ?」
びっくりするお兄さんに缶詰のせいで腰を痛めたのではないかと聞くと、笑われた。
「いやまあ重かったですけど、そこまでじゃないですよ。毎日荷運びしてるから慢性的な腰痛なんです」
「そうでしたか……早とちりをしてしまって」
「いえいえ、お気づかいありがとうございます」
お兄さんは腰をさすりながら伸びをする。同時に彼のお腹がぐうと鳴った。
「お腹、すいてるんですか」
「そうなんです。さっき仕事を終えてきたところでまだ食べてなくて」
「よければ一緒にカレー食べませんか」
「え?」
って私は何を言ってるんだ! 見知らぬ男性をいきなり家に誘うとかおかしいでしょ……。
「すみません……急に……」
「いえ、びっくりしただけです。でもさすがに女性の家にいきなり上がるのは気が引けるので」
ですよね! もう一度謝ろうとすると彼はニコッと笑った。
「なので玄関でカレーだけいただけませんか。ごはん、持って行くので」
「はあ……?」
お兄さんは湿布をレジで購入し、行こうと促す。途中でコンビニに寄るから先に行っててくれと言う。言われたとおりに帰宅してカレーを温めているとチャイムが鳴った。
出るとお兄さんがコンビニで買って温めてもらったという白飯を持っている。なるほど、これにカレーをかけろということか。おもしろいこと考えるなあ。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます! 良い匂いです。食べるのが楽しみですね。それでは!」
そして彼は去って行った。背中を見送るとアパートの階段を降りて、はす向かいのアパートへと入っていく。なんだ、近いんじゃん。玄関に引っ込んで靴を脱いでいるとトーテムポールと目が合った。どう思う? そう聞くと、悪くないね。トーテムポールの顔がそう答えた気がした。




