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屋上

 あー眠い。午前中の授業を終えて友達とお弁当を食べた。その後どうにも眠くて起きていられず友達と別れて屋上に向かう。と言っても目的は屋上ではなくその手前の踊り場だ。使っていない机や椅子、カーテンなんかが積んであるので隠れて昼寝をするのにうってつけなのだ。

「よし、誰もいない」

 いつも通り人気のない踊り場で座ろうとする。が、なんだか座りが悪い。誰かが配置を変えたのだろうか。

「あれ?」

 そこで違和感を覚えた。いつもとなにかが違う。……気がする。

「あ、鍵」

 屋上へ出るドアの鍵が開いている。いつもは鍵穴が横に向いているのに今は縦になっている。まさか、いやでも。もしかしたら誰か先生が片付けとか掃除とかそんな理由で開けたのかもしれない。そうであればきっと扉を開けたら怒られるし、私がこの踊り場に来た理由を聞かれてしまう。

 でも、そうじゃなかったら? 胸がドキドキする。誰か他に生徒がいるのだとしたら、私だってちょっとくらい出てみても良いのでは?

「なるようにしか、ならない……よね」

 好奇心に負けて扉を開ける。ゆっくり、そーっと、できるだけ音を立てないように。

「わわっ」

 強い日差しと柔らかい風が吹き込んできた。秋も中頃だから風は冷たいけど、日差しはまだまだ暖かく、後ろで積まれていたカーテンが広がっているけど、そんなものはあとで畳めば良い。

 一歩、屋上に踏み出すと空気が変わった。開放的で爽やかな秋の匂いが立ちこめている。キョロキョロと辺りを見回すけど誰もいない。少なくともいきなり先生に怒られることはなさそうだ。

 屋上は当然吹きさらしで、昨日の雨がまだ残っている。水たまりを避けながらフェンスまで歩くと校庭で男子がサッカーをしているのが見えた。

「あんまり外に行くと見つかるよ」

 突然の声に振り返る。屋上に出てきた扉の上、給水塔の横に男の子が座っていた。

「すみません」

「いいけど。一年?」

「はい」

 近付いてみるとその人は青いラインの入った上履きを履いているから二年生らしい。

「こっちにおいでよ。暖かいよ」

 知らない人のはずなのにどこか懐かしい声で呼ばれて、ついふらふらとはしごを登ってしまう。

「こんにちは」

「えっと、はい、こんにちは。二年生ですよね?」

「うん。俺は臼井健介。君は?」

「木原透子です」

「木原さん。よろしく」

 臼井先輩はポンポンと隣を叩く。ここに座れということなのだろう。素直に並んで座ると思ったより近くてドキドキしてしまう。臼井先輩の顔も良く見れらない。

「ところで木原さんは何をしにここに?」

「屋上まで来るつもりはなくて。たまに屋上手前の踊り場で昼寝してたんです」

「そうなんだね。俺は天文部なんだ。それで夏に合宿して夜中に天体観測してさ。その時に屋上の鍵を複製したんだ」

 なるほど、そういうことか。というかうちの学校に天文部なんてあったんだ。

「あるよ! 入学したときのオリエンテーリングで部活紹介あっただろ?」

「……寝てました……」

「そっか……」

 臼井先輩は苦笑した。ほんと、申し訳ない……。

「そしたらさ」

「?」

 すくっと立ち上がって先輩は振り向く。太陽が眩しくて先輩の顔はよく見えないけど、それでもきっと弾けるような笑顔なのだろう。声がそんな声だった。

「今日の放課後にでもおいでよ。天文部。それとも他に部活入ってる?」

「入ってますけど茶道部で週一しかないので大丈夫です。場所、教えてください」

「地学室ってわかる?」

 臼井先輩は丁寧に場所を教えてくれる。とても嬉しそうで、もしかして天文部は部員不足なのだろうか。

 こんなにすぐに誰かと仲良くなるのは初めてだけど、でも彼は悪い人には見えないし、話していてもやっぱり懐かしく感じて安心できた。

 そうこうしているうちに予鈴が鳴り、そろそろ昼休みも終わりの時間だ。臼井先輩と屋上から踊り場に戻り、並んで階段を降りる。並んで立つと思ったより背が高くて、それでまたドキドキしてしまう。

「じゃあ放課後に。今回も会えて良かったよ」

「今回?」

「ううん。こっちの話。またね」

 笑顔のまま臼井先輩は去って行った。なんだろう。先輩の言葉に疑問がないわけではないけど、それでも不安より安心を覚えるのはなんでかな。たぶんきっと私がもう落ちてしまったからなのだろう。

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