旬
「うう……」
目の前には給食が湯気を立てていて、同じ班の子たちがおいしそうと歓声を上げていた。でも私は一緒に喜べずにいる。
「木原さん、どうしたの」
隣の席のけんくん……臼井くんがこちらを覗き込む。
「きのこ、キライ」
「あー、そうだったね」
臼井君はそういえば、と頷く。きのこごはんはお茶碗に山盛りに盛られていた。
隣の席の臼井健介くんは幼稚園から一緒の幼馴染みで、小学三年の今までずっと同じクラスだった。私はけんくんって読んでたし、向こうもとーこちゃんって呼んでいたのに二年生の終わりの時に同じクラスだった男の子に
「男と女で名前で呼び合うとか嫌らしいぞ! お前ら付き合ってるんだろ!」
ってからかわれてから、けんくんは私を木原さんと呼ぶようになり、私が呼ぶときも臼井くんって言わないと返事をしてくれなくなった。そのことが寂しいけど、寂しいのは私だけなのでけんくんには言えずにいる。
「はーい、静かに。いただきます!」
先生が号令をかけて、みんなが一斉に食べ始めた。仕方が無いので私もごはん以外を食べ進める。でも、どうしよう。ほんのちょっとなら頑張って食べるけど、こんなにたくさんは食べられない。きのこが入ってなくたって、ごはんが山盛りなんて無理なのに。
遠くで楽しげにごはんをかき込んでいる給食係の男の子を恨めしく睨む。向こうも気付いたのか目が合ったけど、なぜかニヤニヤ手を振ってくる。本当に嫌い。私とけんくんの名前の呼び方でからかってきたのも、あの子……大木くんだった。
「木原さん」
臼井くんに呼ばれて振り向くと、彼は少しだけごはんの入ったお茶碗を差し出した。
「ね、俺足りないから交換して」
「え」
差し出されたお茶碗の中身はごはんが半分もないくらいできのこはなくなっている。もしかして私のために取り除いてくれたのだろうか。
「ありがとう」
お茶碗を交換し、ようやくごはんを食べ始める。少しきのこの味はしたけど、これくらいなら頑張れば食べられる。嬉しいな。良かったな。ちらっと隣を見ると臼井くんはもしゃもしゃとごはんを食べていて、あんなにあったきのこごはんはもうほとんどなくなっていた。
「なーんだ、やっぱり食べられるんじゃんか!」
突然の声に顔を上げると大木くんが私を見下ろしていた。
「きのこ嫌いだから~とかってぶりっ子してたくせに」
「嫌いだよ! 嫌いなのにあんなに山盛り入れて、なんでそんな意地悪するの?」
「でも食べただろ」
臼井くんが食べてくれたんだよ! と言い返したいけどどうしよう。それでまたからかわれたら? 臼井くんがなにか言われたら?
「大木。木原さんのこと好きなのはわかるけどかっこ悪い」
「なっなに言ってんだよ!」
「え?」
臼井くんが眉をひそめて言ったことに大木くんも私も驚いた。そして大木くんは怒鳴り出すし私はどうしていいかわからんずおたおたしてしまう。それを見た同じ班の女の子達が騒ぎ出して、教室全体がうるさくなる。
「だから大木くんは透子にばっかり意地悪するんだ!」
「なるほどねー。で、透子はどうなの?」
「どう考えても臼井くんでしょー」
「ふざけんな! なんでこんなぼやっとした泣き虫女を!」
「静かにしなさい! 給食の時間ですよ!」
先生が大きな声を出して、ようやくざわつきが収まる。大木くんと私は昼休みに職員室に来るよう言われてしまった。
「俺も行こうか?」
臼井くんが小さな声で言ってくれる。少し悩んだけど首を横に振った。
「ありがと。大丈夫。自分でちゃんと話す」
「そっか。がんばれ」
給食を片付けて職員室に向かうと、すでに先生と大木くんが話していた。
「それじゃあ木原さん。どうして給食の時間に大きな声を出したの?」
「私は出してないです」
「うそつけよ!」
「大木くんはちょっと待っててね」
先生がまっすぐに私の顔を見る。だから、そもそもきのこが嫌いなこと、配膳の時に少なめにしてくれるよう頼んだのに山盛りにされてしまったこと、臼井くんが代わりに食べてくれたこと、それを食べられるくせにと言いがかりをつけられたことを話す。
「そしたら……臼井くんがまた助けてくれて……大木くんが怒り出しちゃって」
「そう。大木くんの話とはずいぶん違うのね。じゃああとで臼井くんや他の班の子にも話を聞いてみましょう」
先生は頷いて大木の方を見る。
「大木くん。人には苦手なものや受け付けない……アレルギーとかだってあるの。だから相手が嫌だと言ったら止めなくてはいけないのよ」
「だって……どうせただかわい子ぶってるだけだって。俺は嫌いでも吐いても無理矢理食べさせられるのに」
「それは、誰に?」
先生の目が険しくなる。そして私に教室に戻るように言った。大木くんは俯いて震えている。私はペコッと頭を下げて職員室から出た。
「大丈夫だった?」
教室に戻ると同じ班の友達が心配してくれた。なので私もあとで呼ばれるかもしれないことを友達に謝っておく。
「ふうん。大木くんはなんて言ったんだろうね? でもいいよ。私は私の見たことを言うから」
友達はそう言って笑ってくれた。けどお礼を言うと、ニヤッとする。
「臼井くん、すごく心配してたよ」
「あ」
教室の隅っこで臼井くんは男の子達となにかの図鑑をめくっている。なのに時々こちらを見ている。
「……あとでちゃんと話すよ」
さっきは助けてもらったから。今度は私の番だ。臼井くんが怒られたり困ったことになったりしないように。私は拳を握りしめた。




